黄文雄氏が語る支那文化(5)渡部昇一氏との対談(下)南京虐殺は「中国の伝統」

2017.08.14.13:18

「渡部昇一・黄文雄対談 中韓「反日」勢力なら論破できる 諸君8月号」より

◆南京虐殺は「中国の伝統」

【渡部】日本は、朝鮮にしろ台湾にしろ、日本のレペルまで持って行こうと努力した。イギリスもどこも、そんな努力はしていません。ただ搾取あるのみ。お節介かもしれないが、日本の対応は異例のことだったのです、日本では戦後「朝鮮の重荷から自由になって清々した」という人も多かった。それが、今になって歴史問題で突っ込まれて”日帝三十六年”といわれると、なんとなく気兼ねして嘘に基づいで謝ってしまう。南京虐殺もいい例です。研究が進んで無辜の市民の大量虐殺などなかったことは、ほとんど確実なんです。


【黄】「南京大虐殺」についての渡部先生や鈴木明先生の本を読んで思うのは、中国側の主張している内容は、中国歴代王朝が行ってきた虐殺の歴史をただ復唱しているだけなんです。中国では長年にわたり、王朝が交代するたびに、北京、西安、開封、揚州と大虐殺を繰り返してきました。南京では、東晋の時代に王敦という武将が行っています。それ以降も大虐殺を繰り返し、近代最大のものは、曾国藩の弟で曾国釜という武将によるものです。三力月ぐらい略奪したり、.火を付けたりしている。非常に詳しい記録が残っているのですが、それが「南京大虐殺」における今の政府の発表とそっくりなのです。つまり、中国の伝統に則っている(笑)。中国の戦争には古来、「屠城」という伝統があります。普通軍隊は給料を払わないから、虐殺と略奪によってまかなうやり方が伝統としてある。だから、以前大学で教鞭を執っていた南京出身の学者に聞いたら「日本軍の大虐殺なんて嘘ですよ」とはっきりいっていました。今後、中国は、三十万人云々は脇に置いて、いかに日本の修学旅行生を何十万、何百万、南京の虐殺記念館に連れて行くか。その数で勝負してきますよ(笑)。

【渡部】その南京の虐殺記念館も、元はといえば社会党の田辺誠が中国側に進言して、日本から金を集めて建設させたという記録を読んだことがあります。「日本人の敵は日本人」という言葉がありますが、「反日」問題というのは結局、朝日新聞問題に行き着きます。岩波も含めてもいいですが、あの種の反日マスコミが日本国内で火を付けなければ、中国や韓国だって燃え上がらない。要するに、日本には巨大な共鳴板があって、どんな嘘でも跳ね返す。元の音をさらに大きく響かせる構造があるんです。
【黄】朝日と岩波だけでなく、反日報道を地方にばらまくのは共同通信社。あと、ここ二十年来、とりわけ中国報道に関して、ひどいと思うのは日経なんです。
【渡部】日経は、文革の最中の一九六八年、鮫島敬治記者がスパイ容疑で中国当局に拘束された時も抗議しませんでした。
【黄】”友好商社”の社員に聞いていているのではないかと思うほどデータも古い。中国を褒める記事しか書かない。日経が一番悪質です。
【渡部】一方で、中国に関して読み応えのある記事を書いていたのは、産経の古森義久さんですね。なぜかというと、古森さんは元来、中国担当ではなく、ワシントンに拠点を置く記者だからです。中国におべっかを使わなくたっていいし、「ニュースソースを切るぞ」と脅される心配もない。その上、奥さんがアメリカ人だから、中国駐在当時も、わりと妨害を受けなかったらしいですね。つまり、チャイナスクールと呼ばれる官僚と同様に、「チャイナスクール学者」「チャイナスクールジャーナリスト」は全部信用ならないのです。中国に関係ない人のほうが信頼できる。パラドクシカルなのです。
【黄】確かに、古森さんのように徹底的に冷めた目で中国を見られる日本人記者は珍しい(笑)。.チャイナスクールは、世界中にあるんですね。インドでさえ、強大な力を持っています。それ以外の国にも作っていて、中国の外交に貢献している。ー台湾でも、中国派というのがウロウロしています。国民党は蒋介石の時代から内部に「チャイナスクール」を抱えていたし、今もそうです。日本の外務省が、これからやるぺきことは、世界各国に「ジャパンスクール」を作ることなんです。とりわけ、北京にチャイナスクール以上のものを、お金を使って育てて、将来的には完全に回収するぐらいの策略を持って望んでほしい。
【渡部】金は誰もがもらってくれるから、出すのは簡単、でもそれに見合うだけの回収が難しい。
【黄】そうです。中国人と韓国人、朝鮮人というのは、金さえあれば国を売るという国民性です。特に朝鮮人は、「半島を攻めるなら、北から攻めろ。すぐに買収され、先頭に立って南を叩き始める」というくらい、歴代王朝にそういう傾向があるのです。
【渡部】これも素人の外務省なんかに任せてはだめ。業務に練達した……。
【黄】やっぱり財界とか企業家に頼まざるを得ないですね。
【渡部】それでも不安。中国みたいなところが相手なら、それこそ街金のベテランぐらい取り立てに厳しい人を顧問にしないと(笑)




黄文雄】3時間理論武装講座 質疑応答
mahorobajapan
2013/05/13 に公開
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黄文雄氏が語る支那文化(4)渡部昇一氏との対談(中)韓国、朝鮮は植民地にあらず

2017.08.14.12:22

「渡部昇一・黄文雄対談 中韓「反日」勢力なら論破できる 諸君8月号」より

◆韓国、朝鮮は植民地にあらず

【黄】他にも、中国や韓国、朝鮮に教え込まなくてはいけないことが沢山あります。最たるものは「日本は朝鮮を植民地にしていない。合邦だった」ということです。
【渡部】その通りです。
【黄】台湾では、台湾経営をめぐって歴代総督の間にいろいろな考え方の違いがあり、・文民総督以降の時代になると”台湾は内地の延長”と見るようになりました。しかし、韓国の場合は全く違っていて、.最初から、植民地ではなく完全な合邦国家だった合邦国家は、当時としては国の形として一般的でした。たとえぱ、ノルウェーとデンマークの同君合邦とか、スウェーデンとノルヴェー、チェコとスロバキアもそうでした。そういう環境下で、日本と韓国の合邦は、何の問題もなかった。日本としても、植民地経営とは考えていなかったのです。では、搾取があったかというと、むしろ内地の方が朝鮮半島に持ち出しで投資したのです。歴代朝鮮総督の朝鮮経営は大正九年のゼロを除いては、平均して財政的に十五から二十パーセント前後の赤字補填までしていたのだから植民地支配と言われるのはおかしい。

【渡部】朝鮮について、当時の外国の文献を調べると、植民(コロナイゼiション)ではなく、合邦(アネクセーション)という言葉を使っています英語では、イングランドとスコットランドの土地問題でアネクセーションという単語を使います。さらに、朝鮮では、李王家は廃止されず、王という称号もそのまま残っています。主要両班八十数家は全て日本の華族、伯爵などの地位をもらい、さらに貴族院議員に入っている人もある。イギリスがビルマの王様をどう待遇したか。インドのラージ皇帝がイギリスの上院議員になったのか。なれるわけがない。そういうことを考えると、朝鮮は植民地というカテゴリーには、あらゆる意味で入らない

【黄】インフラ面でも、朝鮮の歴史は党争ぱかりで、二千年の歴史の中で一番安定していたのが、いわゆる日帝三十六年なのです社会や政治が安定しなければ、近代経済は成り立ちませんから、まさに近代化の基礎ができたのは、この三十六年間だったのです
【渡部】北清事変(一八九九年)の英雄の柴五郎が、支那から回って朝鮮に一種の調査旅行をした記録を読むと、「朝鮮に入ったらお金というものがない」という。つまり、貨幣経済にまだ入っていないのです。当時は支那の下級のお金が一部で使われていた程度のようです。同じころ、朝鮮を調査した日本の経済学者も「朝鮮の経済状況は、日本で言えば平清盛か鎌倉時代の始まりの頃だ」と言っています。
【黄】そのようです。当時は朝鮮だけではなく、台湾も満洲も中国も本格的な貨幣経済や商品経済の時代には入っていないのです。日本人が進出した所で、まず金融、貨幣など財政政策を行ったというのは、その時代では考えられないぐらい素晴らしいことなのです




黄文雄】3時間理論武装講座 ② 封印された蛍の光の三番・四番 台湾研究フォーラム
mahorobajapan
2013/05/08 に公開
台湾研究フォーラム 第161回定例会
黄文雄氏・三時間"理論武装講座" ②
封印された「蛍の光」三番・四番を歌えば領土問題が理解出来る

三番 筑紫(九州)の極み 道の奥(東北・北海道)
   海山遠く 隔つとも
   その真心に 隔てなき
   一つに尽くせ 国のため

四番 千島の奥も 沖縄(琉球王国)も
   八州(やしま)の国の守りなり
   至らん国に 勇(いさお)しく
   つとめよ我が背(夫・妻) つつがなく

平成25年(2013)5月5日  文京シビックセンター




【黄文雄】3時間理論武装講座 ③ 第一列島線防衛中国拡張主義の前における日本と台湾
mahorobajapan
2013/05/13 に公開

黄文雄氏が語る支那文化(3)渡部昇一氏との対談(上)ヤクザ相手の交渉だと思え

2017.08.14.10:52

◆ヤクザ相手の交渉だと思え

【渡部】結局のところ、よく話題になるアジア問題というのは、中国問題であり、韓国、朝鮮との問題なのです。それ以外のアジア諸国にいわゆる「反日」はない。この三カ国の特徴は、”儒教崩れの国”ということです。儒教崩れというのは、つまり日本人の感覚からすると、兵隊くずれというか、まあヤクザなんです。ヤクザの世界は非常に儒教の倫理に近い。弱みを見せれば付け込まれる。一方で個人的な義理人情を重んじたりもする。暴力団との関係で事件になる会社も多いですが、国も会社と同じでヤクザにたかられて、その要求に屈していてはいけない。そう思って中国等と付き合っていかないといけない。
【黄】中国のやることがヤクザそっくりというより、中国自体がヤクザで、ヤクザの国なんです(笑)。例えぱ、秦始皇帝のあとの漢の高祖・劉邦、明の初代皇帝・朱元璋というのもヤクザ出身です。毛沢東もどちらかといえばヤクザに近い。要するに、中国では日本のように万世一系の帝王が、万民を支配するのではなく、力の強い者が政権を取る。すべては力なのです。だから対外・対日政策もヤクザそっくりになる。相手が下手に出れぱ、すぐにつけあがる。日本の外務省も中国外交のために、暴力団から講師を呼んで交渉術を学べばいい(笑)。

【渡部】これらの国の特徴は、歴史問題が、常に現在の問題であり、未来の問題になっている。他の国なら問題にならない古い話も、現在の話として平気で持ち出してくる日韓基本条約も日中平和条約も同じで、一度条約を交わせば一件落着のはずなのに、改めて問題をぶり返す。条約は例えるなら示談なんです。国際裁判所の判決同様、話し合いの結果、両者を拘束する。ところが、示談が済んでから何十年も経ってぶり返すという悪質なことをやっている。これまた、ヤクザそのものです(笑)。
【黄】 中国も韓国も、法治国家ではなく人治国家だから、国際法であろうと、契約であろうとほとんど関係ない。長い歴史から見ても、自分の都合でコロコロ変えてしまう。条約でも宣言でもコミュニケでも、区別をつけないで勝手に使うわけです。例えぱ、ポツダム宣言の基礎となった一九四三年のカイロ宣言は、宣言ではなくコミュニケという性格なのです。それをあたかも、サンフランシスコ条約以上の効果があるような考え方を中国は持っている。そこが恐ろしい。
【渡部】 宣言するのは、やる方の勝手ですからね。
【黄】 そうです。何回も繰り返し、自分勝手に宣言できるわけですが、条約はあくまで両方の合意の上で結ばれた関係なのです。
【渡部】 まず、彼らが文句を言ってきたら、「条約というのは、もう過去のことを触れないことにした約束なんだ」と教えてあげなくてはいけない。それから、交渉をする担当者たちが、正しい歴史認識を持たなくてはいけない。支那事変も、あなた方が始めたんだと。公の場では角が立ちすぎるなら、ブライベートの場でもいいからズケズケいうべきなのです。満洲事変だって、支那ではなく満洲の地で起こった。何のための万里の長城かと(笑)。それまで支那も新疆もチペットも、満洲人の植民地だったわけで、その植民地から追われて戻ったわけです。オランダがインドネシアから戻ったとき、インドネシアが「オランダは俺のものだ」と言いますか。こんな事をいうと、「勝手なことをいっている」と思われるかもしれませんが、あの東京裁判ですら、支那事変の開戦責任を日本に問おうとして失敗しているのです。慮溝橋事件の関係者も引っ張られてはいるが、すぐ釈放されている。こういう歴史的事実を駆使して中国政府を相手に堂々と諭争するぐらいの気概を持ってほしい。公式の場で角が立つなら私的な場でもよい、言われっ放しではなく、逆に向こうに正しい歴史認識を叩き込むぐらいのことをやるべきです。


「渡部昇一・黄文雄対談 中韓「反日」勢力なら論破できる 諸君 8月号」より



【黄文雄】3時間理論武装講座 ① 第一列島線防衛中国拡張主義の 前における日本と台湾
mahorobajapan
2013/05/11 に公開
台湾研究フォーラム 第161回定例会
黄文雄氏 三時間"理論武装講座" ①
「第一列島線防衛中国拡張主義の前における日本と台湾」
平成25年(2013)5月5日

大東亜会議七十周年(上)渡部昇一氏講演「私の記憶する大東亜会議、その意義」

2016.07.03.13:27

私の記憶する大東亜会議、その意義
渡部昇一(上智大学名誉教授)

大東亜会議が開催されたとき、私は中学校一年生でございました。日本はアジアの資源がほしくて戦争を始めたと、戦後はよく言われておりますが、そんなことはありません。勿論資源も一つの理由ではありましたが、もっと大きな目的があったことは、その2年前、私が小学校5年生の時に大東亜戦争が始まったのですが、始まるとすぐに歌を教えられたんです。そこには「東亜侵略百年の 野望をここに覆す」という詩がちゃんとありました。それは昭和16年10月に教えられた歌です。ですから初めからあの戦争のときは、我々子供も、これは東亜の解放戦争であるということを教えられておりました。

しかし戦後、不思議なことに、大東亜会議という名前は誰も口にはされなくなり、言葉も出なくなりました。ー私もいろいろ記憶を蘇らせてみて、調べてみまして、戦後日本では立派な百科事典が出ておりますけれど、そこには大東亜会議は項目として出てきません。2,3行触れられることはあっても、敵側の会談や会議はそれこそ何十ページも出て来るのに、大東亜会議はほんの2,3行。ああ、これが戦後というものだなと思いました。ー最近までずうっと広辞苑には大東亜会議の事は触れられていなかったんです。それが、第6版になって、ようやく項目に入りました。しかしそこには、まあ3,4行の簡単なものですが、日本とアジアの親和的な国々の会議、日本と仲のいい国が集まった会議という、そんな意味のことが書いてある。しかし、考えてもみてください。当時日本と仲のいい政権、いや、仲の悪い政権でもいい、そもそも政権と名の浮くものは蒋介石政権以外にはほとんどいないんですよ。後はほとんど植民地だったんですからね。

そして、ひとつ面白いことがあるんです。広辞苑はようやく大東亜会議の事を入れてくれたんです。しかし、大東亜会議のメンバーが書いていないんです。しかしですよ、これは調べてくれた人も言っていましたし、僕もチェックして確かめましたが、真田十勇士、猿飛佐助だとか三好青海入道とか、まあ僕も子供のころは名前を全部覚えていましたけど、そういうのは載っているんですよ。しかし大東亜会議のメンバーは載っていない。僕は真田十勇士の名前は少し忘れてしまったけど、大東亜会議のメンバーは覚えていますよ。東條さん、そして北から云いましょうか、満州国の張景恵さん、中華民国の王清衛さん、フィリピンのラウレルさん、タイのワイワイタイヤコーンさん、ビルマ、ミャンマーのパー・モウさん、そして独立は当時していませんでしたけど、オブザーバー参加ですが、最後の、トリの演説をしましたから、それなりに重要視されていたと思いますね、インドのチャンドラ・ボースさん。インドネシアはスカルノさんが日本に来たんですが、まだ独立をしていなかったから参加できなかったんですね。それでも天皇陛下は、わざわざ、スカルノさんを呼んでくれたんです。それ以後、まあそれ以前からと思いますけれどもね、スカルノさんは日本を愛し、非常に感動しておりました。そして日本の女性をお嫁さんにしたことは、皆様よくご存じのとおりであります。

ー大東亜会議をだれが発案したかと言いますと、重光さんという人です。重光葵さんという方で、東條内閣の三代目の外務大臣になりました。そして重光さんは、大東亜戦争の戦争目的と理想をちゃんと表明しないといかん、と言ったんですね。そしたら、東條首相も、そうだそうだと同意して、そして、昭和天皇陛下も大変に喜ばれた。資源がほしいとか、そういうことで戦争をしたんじゃないことを明らかにしようと。他の国は、植民地というのは資源がほしい、資源を獲るためだけですから、日本もそのために戦争を始めたと考えている。そうじゃないんだ、我々中学生まで歌の中で、「東亜侵略百年の野望をここに覆す」という風に歌っていたんですよ。

しかし、この大東亜会議が、昭和17年だったらもっと良かっただろうと思うんですね。一年遅れました。昭和18年の春ごろにようやく重光さんが外務大臣になって、すぐにこの大東亜会議を画策、画策というと悪いみたいですね、計画されたわけです。そして当時そのころは戦場がソロモンでして、アッツ島が玉砕しているわけです。それでもまだ絶対国防圏の外ですから、まだ敗色が出てき始めたという感じで、まだ全然勝っていたわけですが、それでも敏感な諸国は、例えばタイ国とかは本当はビブン首相が出てくるところなんですけれど、ワイワイタヤコーン殿下が来るとか、ちょっと危ないなと思い始めたと思うんです。集まったアジアの人たちはみんな政治家ですから、ちょっとそろそろ日本も危ないかなあと思い始めていたかもしれませんが、やはり使命感に燃えてみんな集まってきたわけです。

そして、このせいでしょうか、二週間ちょっとくらい経ったら、アメリカとイギリスがあわてまして、カイロ会談をやったんです。カイロ会談というのは、チャーチルとルーズベルト、それから呼んだのが蒋介石でしょう。大東亜会議には蒋介石入っていませんから、蒋介石が降伏されたら困ると思って、あわててカイロ会談というおべんちゃらの会議を開いたわけです。そちらの方は、戦後の辞書にも大きく載っています。

重光さんがこの会議を計画して開いたこと、そして東條さんが賛成し、天皇陛下が喜ばれたこの会議がいかに重要かということを、世界に知らしめられると、勝った方の国は困りますから、絶対にそれを知らせないような政策が勝者によってとられたんだと思います。要するに日本の左翼も含めて、絶対にこの会議を知らせないようにしたのだと思いますね。重光さんは敗北の時に、ミズリー号で、敗戦の署名をやったわけです。その時造られた歌が、「願くは御国の末の栄え行き 吾名さげすむ人の多きを」という、敗戦の署名をしたような私を、あいつは駄目な奴だとそしる人が沢山出るくらいに、将来日本がさかえてほしいという意味の歌を歌っているんです、本当の愛国者でいらっしゃいました。

さらに重光さんの重要性を言いますと、この方は、東京裁判有罪です。有罪ですけれど死刑じゃなかったので、復活して、ーお爺さんの鳩山内閣の副総理、外務大臣として、日本が1956年国連に加盟した時に国連に行って、日本が世界の懸け橋になると言って、万雷の拍手を受けた、そして、これで私の日本に対する務めは終わったと言って、帰ってくると、バッタリ倒れて亡くなったのです。それを聞いた国連が、黙祷をささげた。これは何を意味するかというと、東京裁判の戦犯なんてものはないんですよ。東京裁判のA級戦犯だった人が国連で黙祷をささげられているんですから。重光さん一人だけでも、東京裁判史観を覆すのは十分ですけれど、まだ日本人の中でも、東京裁判史観で、A級戦犯がどうだとかごちゃごちゃ言っている人がいる。

ー大東亜会議は語られることは今もほとんどありません。私の世代は思い出してくれる人がいるというだけです。しかし、加瀬さん、頭山さんのご尽力によって、70周年記念大会がこうして開かれ、盛大に行われたことはまことにうれしいことです、私も中学一年生の時のあの記憶、あの感動がまた蘇ってきたような気がします。そして日本のこれからの外交方針では、すぐに直接出すといろいろ問題あるかもしれませんが、外交をやる人は腹の底で、この大東亜会議の精神を治めて、世界と交渉してもらいたいと思っております(終)



2013/11/11 に公開

今年は、昭和18年11月5日から6日にかけて行われた「大東亜会議」から70周年の節目の年にあたる。当時は、欧米列強による植民地支配からの解放と人種差別撤廃が目指されたが、現在の世相は、その当時の暗い雰囲気が再現されつつある。それは、チベットやウイグルなどを侵略し、民族浄化を図る「遅れてきた帝国主義国家」中国の存在と、「顔のない独裁者」グローバリズムの猖獗である。今再び「大東亜会議」の精神が必要とされている国際情勢と、その為にも必要となる正しい歴史認識の必要性について、当時の関係者の縁者も交えて意見が交わされた『大東亜会議七十周年記念大会』の模様をダイジェストでお送りします。

※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。
http://www.ch-sakura.jp/579.html

◆チャンネル桜公式HP
http://www.ch-sakura.jp/

DVD「参戦勇士九人が語る南京事件の真実 南京陥落七十年国民の集い全記録」上

2015.01.16.05:50

平成十九年(2007)12月6日、東京・九段会館で行われた「南京陥落七十年国民の集い」。
集会では南京攻略戦に参戦した稲垣清氏が記録したフィルムが上映されました。
この貴重なフィルムを含め、集会の全記録がDVD「参戦勇士九人が語る南京事件の真実 南京陥落七十年国民の集い全記録」です。

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(DVD)WAC-D594
通常販売価格3,024円(税込)

「南京大虐殺」は捏造である!語り続けなければならない歴史の真実がここにある!
【商品内容】DVD1枚(93分)
【収録内容】2007年12月6日、東京・九段会館で行われた「南京陥落七十年国民の集い」。そこに南京攻略戦に実際に従軍した9人の元日本兵が参列した。そして当事者によって語られた「南京事件」の真実の状況。本作品は、その貴重な証言の全てを収録している。後世に語り継がなければならない歴史の真相がここにある。

2007年12月6日、東京・九段会館で行なわれた“南京陥落七十年国民の集い”の模様をパッケージ化。実際に従軍した9人の元日本兵が参列、それぞれ南京事件の真実について語る。(CDジャーナル データベースより)

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プロフィール

南知隊!

Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

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