〈櫻井よしこ★中国が嘘を歴史的事実に捏造する方法を暴露! #櫻井よしこ #百田尚樹 〉

2016.12.10.19:46

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南京事件論争の探究(1)事実を争わず、政治を争う

2016.06.14.01:01

南京事件論争とは、支那事変(日中戦争)の中、昭和12年(1937)12月の南京攻略戦と南京陥落占拠で発生した南京事件の存否や規模を争点とした論争です。

 

Wiki. より、南京事件の存否や規模として、30万人以上10数万人以上4万人上限数千~2万人虐殺否定に分かれています。私は数千人の戦死者に関わる事件はあったが虐殺はないと考えています。

 

平成19年(2007)、秦郁彦氏の「南京事件―「虐殺」の構造 増補版」が出版されます。秦氏は「4万人上限」のグループに分類され、これにより10数万人以上の実証はあり得なくなり、「論争は日中関係を背景に政治的な影響を受け続けたp. 184)」と記されています。

 

さらに秦氏は「この20年、事情変更をもたらすような新史料は出現せず、今後もなさそうだと見きわめがついたので、あらためて4万の概数は最高限であること、実数はそれをかなり下まわるであろうことを付言しておきたい。」と増補版で下方修正をしています。

 

秦氏の軌道修正に関してさらに詳しく調べると、秦氏の「南京事件」の初版となる昭和61年(1986)版では最高限の記述はありませんでした。その後、平成元年(1989)年に刊行された偕行社「南京戦史」以降として「この20年、事情変更をもたらすような新史料は出現せず」「実数はそれをかなり下まわるであろう」と付記しています。

 

『南京戦史』が明らかにした「南京事件」の実相 20151023 渡邉斉己

http://agora-web.jp/archives/1658682.html

 

政治的とは、戦時の情報戦、極東軍事裁判(東京裁判)、日中国交、そして近年ではユネスコ記憶遺産登録など、まさに事件や事実そのものとはかけ離れています。

南知隊が繰り返し事の真実を知るための働き掛けをするのは、政治だから情報だからと高を括り、日本の歴史と国を守った先人の真実が貶められたまま、未来が築かれてはならないという信念からです。

渡部昇一氏著〈「あれは日本の自衛戦争だった」 敵将マッカーサー証言は重い〉(2)「リビジョニスト」の意味(下)

2016.05.21.16:05

「あれは日本の自衛戦争だった」 敵将マッカーサー証言は重い 『歴史通』 2015年7月号 渡部昇一(上智大学名誉教授)
http://ironna.jp/article/2748

「リビジョニスト」の意味

ところが、アメリカではまったく別の使い方をしている。アメリカはこれという理由もなく第一次世界大戦に参加した。ウィルソンという大統領は理想主義者ではあるが、国際連盟の創設に意欲を燃やしながら、結局米上院議会の反対でアメリカが参加できなくなるなど、現実にそぐわない理想を語るところがあった。そのせいもあり、ドイツは悪であると信じて、アメリカは戦争も末期になってから大戦に参加した。しかし、アメリカは近代戦争に慣れていなかったものだから、予想外の死傷者を出してしまった。銀行や大企業の経営者は大いに潤ったが、その反動で大不況も起こった。一般の国民からすれば、これほど多くの犠牲を払ってまで、いったい何のために戦争をしたのかと納得がいかなかった。

そこでもう一度、歴史を見直してみようというリビジョニストが現れたのである。すると第一次大戦はドイツが始めたものではない、必ずしもドイツが「悪」であるわけではないことがわかった。ドイツが軍事動員令を出したのはフランスやロシアよりも遅かったのだから、これではドイツが戦争を起こしたとは言えないではないか。だから、アメリカのリビジョニストたちは非常に意義のある歴史の見直しを行ったわけである。ところが不幸なことに、それと時を同じくしてヒトラーが登場した。そのため、リビジョニストが弁護したのは第一次大戦時のドイツ政府であったのに、ヒトラーを弁護したかのようにとらえられた。それ以来、アメリカでは「リビジョニスト」といえばヒトラーの支持者ということになってしまった。いまでいえばネオナチの信奉者である。

しかし、歴史を見直すという作業はいつの時代でも当然行われるべきことである。そして、大東亜戦争を見直した最大のリビジョニストが、実はマッカーサーだった

リビジョニズムこと歴史修正主義をWiki.より取り上げます。
ーーーーー
元々歴史修正主義とはー「新たに歴史を検証する試み」であり、否定的な意味は持っていなかったが、西欧においてホロコースト否認論者たちが自らを「歴史修正主義者」と規定したことから、否定的な言葉として使われるようになった。

日本では1990年代後半から、南京大虐殺などの存在を否定する勢力を、それを肯定する側が批判する言葉として使うようになり、これは西欧のホロコースト否認主義の連想が働いたためとも言われている。

高橋哲哉『歴史/修正主義』岩波書店、但しパール判事はホロコーストと南京事件は異質な事件であり、人類史上、原爆投下がそれに匹敵する唯一のものとしている
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おや? 歴史的事実を繕い直していくと、歴史は正しく修復されているではないですか。
南京事件とホロコーストは全くの別物であり、広島長崎の原爆投下こそがホロコーストに匹敵するという事実に。

渡部昇一氏著〈「あれは日本の自衛戦争だった」 敵将マッカーサー証言は重い〉(1)「リビジョニスト」の意味(上)

2016.05.21.15:49

「あれは日本の自衛戦争だった」 敵将マッカーサー証言は重い 『歴史通』 2015年7月号 渡部昇一(上智大学名誉教授)
http://ironna.jp/article/2748

ーアメリカ政府のなかには安倍総理を「リビジョニスト(歴史修正主義者)」と呼んで批判する者もいる。ー現在のオバマ政権下のアメリカは中国に対して非常に弱腰で、とにかく事を荒立てたくない、問題を起こしたくないという臆病さが顕著に見られる。ーこうした対米関係のジレンマを解決する手がかりが一つあると思う。それは、終戦からまだ間もない時期に行われたマッカーサーの証言である。その証言内容は、まさにマッカーサーこそリビジョニストであったことを明確に示しているのだ。

「リビジョニスト」の意味

リビジョニスト(歴史修正主義者)という呼び名は現在、批判的に使われているが、本来はとくに悪い意味ではない。もともと十九世紀の後半にイギリスにおける教会の論争で使われていた言葉であった。それがマルクス主義者の間で使われるようになり、古典的マルクス主義を批判したドイツ社会民主党のベルンシュタインを、頑迷なスターリン主義者たちが「修正主義者」と呼んで大論争になった戦後の日本では、暴力革命に消極的な日本共産党の一派を武力闘争派が「修正主義者」として糾弾したつまり、マルクス主義の原理に変更を加えようとするのを異端視して「修正主義」と呼んだのである

Wiki. を参照にして、歴史修正主義( Historical revisionism)がリビジョニズムですので、リビジョニストとは歴史修正主義者となります。

これらは、従来の歴史観と違う歴史観を主張する者に対して「客観的な歴史学の成果を無視し、自らに都合の良い過去は誇張や捏造したり、都合の悪い過去は過小評価や抹消したりして、自らのイデオロギーに従うように過去に関する記述を修正するものである」として批判的に用いられる言葉とのことです。

それでも、歴史修正とは「正しく直す」という肯定的な意味であることから、旧来の歴史観に立つ者は「歴史改竄主義」と呼ぶとのことです。
南京の真実を突き止める歴史改竄派への批判の書が本多勝一, ‎星徹, ‎渡辺春己らの『南京大虐殺と「百人斬り競争」の全貌』だそうで、その部分をネットで探し当てることはできませんでしたが、以下のブログ記事を参考とします。

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辻元清美のホームページ『清美したデ」の対談より

本多勝一「最近「従軍慰安婦なんかなかった」とか「あれは公娼制度だ」とか言う人が、日本で問題になっています。一方ドイツにも「アウシュビッツの嘘」なんて本が出たりもしています。ただしドイツでは、こういう意見は全くの少数派だし、場合によっては犯罪者として取り締まられてしまう。ところが日本では、『文芸春秋』とかが出す大部数の雑誌などで堂々とそれが出てくる。それどころか閣僚が南京は嘘だってことを平気で言って、辞任しても撤回せず、今度は何かそのための会を作ったりしております最近教科書を攻撃しているいわゆる自由主義史観まあ私は改竄主義史観と言っておりますけれど、今は第3次教科書事件と言う状況にあります第1次は、家永(三郎)さんが中心になってやっていた教科書裁判、検定に対する訴訟ですね。たとえば南京大虐殺の記述を検定で削除したことがあります次に起こったのが、「侵略」と言う言葉を「進出」と変えさせ、それに対して中国その他の国々が非常に反発して、大騒ぎされたことがあって、これが第2次教科書事件です。」
ーーーーー
百人斬りのウソと本多勝一、朝日、毎日の厚顔さ酒たまねぎや ura ホームページ
http://www.tamanegiya.com/kako/hyakuninn.html

歴史修正よりも捻くれた歴史改竄を造語するなど、Wiki. では通俗的な用法などと注釈されていましたが、俗物的な使い方ですね。
本多勝一らの『南京大虐殺と「百人斬り競争」の全貌』の中身を表すかのようです。
余談ですが、本多勝一はちょっとしたインタビューでも中共様を手放しませんね。

東中野修道氏著〈南京大虐殺は存在せず3 毛沢東は『虐殺』を否定していた〉

2016.05.12.19:21

新地球日本史149 南京大虐殺は存在せず3 毛沢東は『虐殺』を否定していた 平成17年1月5日産経新聞より
 
アメリカの新聞が「南京大虐殺」を報じてから、日本の陸海軍は、南京に将校を派遣して実情を調査している外務省の石射猪太郎東亜局長も、南京安全地帯国際委員会から南京の日本大使館に届けられた「市民重大被害報告」を見て、政府に「南京に入城したわが軍による強姦・放火・掠奪」を報告しているそこに「虐殺」という文字がないのは偶然であろうか
 
実際、石射が目を通したであろう「市民重大被害報告」の二ヶ月間の全報告を集計してみても、殺人は二十六件、婦女暴行は百七十五件、掠奪は百三十一件、放火は五件であったが、そのほとんどは目撃者を明記しない出所不明の「噂」である目撃されたのは、たとえば殺人は「合法的処刑」の一件であった南京市民と欧米人の訴えた事件を完璧に揃えていた「市民重大被害報告」は、南京の欧米人の共通認識であり、公式見解であったそれに基づいて石射東亜局長らの日本側関係者が、外国人の目撃した「頻発する殺人・・市民殺害」はなかったとみていたとしても、決して不思議ではない
 
アメリカの新聞が配布されたアメリカにおける反応はどうだったのか。スティールやダーディンの報じた二紙を基にして、他紙もまた同じことを報じ始めている。しかしアメリカ政府の日本に対する抗議は、パネー号誤爆事件とアリソン領事殴打事件であった一九三八年二月、ジュネーブの国際連盟で、中華民国政府代表は、アメリカの新聞の報じた南京大虐殺を取り上げて世界に訴えたが、そのときも国際連盟は、リットン調査団のような調査団を南京へ送ろうとする動きさえみせなかった
 
自国民が大量虐殺されたと主張する中国国民党の反応はどうだったのか。南京大虐殺が事実ならば今日以上に激しい日本非難が連日宣伝されたはずであった。ところが国民党宣伝部が一九三八年四月に創刊した『戦時中国(China at War)』を見ても、国民党宣伝部は南京に触れながら、その創刊号に「南京大虐殺発生」と発表していない共産党の毛沢東は五月末から九日間連続の有名な講義「持久戦について」のなかで、日本軍は南京で皆殺しの殲滅に出なかったから戦略的に拙かったと批判し、南京大虐殺そのものの存在を否定している
 
このように、アメリカの新聞が「南京大虐殺」を報じたものの、世界のどの国も「南京大虐殺」に公然と言及したこともなければ、公然と指弾したこともなかったしかし今から思うと、「南京大虐殺物語」がアメリカの新聞に出たとき、日本外務省は直ちに白黒を明確に公表しておくべきであった国際調査団を招聘し、世界に向けてアメリカの新聞報道の是非を明らかにしておくべきであった。しかしそうはしなかった。
 
それを奇貨として、日中戦争一周年のころ、つまりアメリカの新聞に南京大虐殺が出てから七ヵ月後の一九三八年七月のこと、ハロルド・ティンパーリ編『戦争とは何か―中国における日本軍の恐怖』がロンドンとニューヨークで出版される。この単行本は第三者的立場の編者が日中戦争を題材にして戦争の悲惨さを訴えるという趣旨に立っていたが、しかし全八章のうち最初の四章は、南京の外国人が友人あてに出したという匿名の手紙で構成されていたそして南京は「二日もすると、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行・・」「完全な無政府状態が支配しており、さながらこの世の地獄だ」「四万人近くの非武装の人間が・・・殺された」と描写されていた英語版の『戦争とは何か』が出ると同時に、その漢訳版の『外人目撃中の日本軍暴行』も出た。やがてフランス語版も出たことが確認されている
 
抗議することに慣れていない日本は、『戦争とは何か』が出たときも、それを放置していた。これが日本の敗戦後に大問題になろうとは、当時、人々は、知るよしもなかった。

つづく(亜細亜大学教授 東中野修道)
プロフィール

南知隊!

Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

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