〈本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない 阿羅健一〉(3)当時の日本兵も全員が否定

2015.09.25.18:15

当時の日本兵も全員が否定

「中国の旅」は政治家や外務省や文部省を誤らせただけではない。「中国の旅」を読まされた子供たちは、どこの日本兵がこのようなことをしたのか、と思っただろう。人間らしい気持がひとかけらもなかったのか。それを止める日本兵は1人もいなかったのか。これら日本兵は軍法会議にかけられることがなかったのか。

「中国の旅」は子供たちが国に対していだく尊敬の念を奪ったのである。


私は連載から十数年して、健在だった兵士にいろいろ尋ねまわったことがある。「中国の旅」で語られているのは城内の安全区や揚子江岸でのことで、日本軍は部隊ごとに戦闘地が決められているから、どこの日本兵が行ったかすぐにわかる。安全区は金沢の兵隊が掃蕩し、揚子江岸には津の兵隊が真っ先に進出したので、「中国の旅」が事実なら、殺戮や強姦は彼らが行ったことになる。

兵士たちに会ったとき、まず軍紀について尋ねたのだが、どれほど多くの兵士に会っても、「中国の旅」で語られた話を聞きだすことはできなかった。「中国の旅」に記述されている例をあげてたずねても、首をかしげるだけである。反対にこんな返事が返ってきた。


「戦前の日本が農村社会だったことは知っていますね。ひとつの村から何人も同じ中隊に入りました。もし強姦などすれば、すぐ郷里に知れわたり、除隊しても村に帰れなくなります。日本の軍隊が同じ郷土の若者から成り立っていたことは、軍紀を守らせる役目をはたしていたんです」

このように、どの兵士もが「中国の旅」の内容を否定した。

それでも、金沢や津の兵隊は気づかないが、ほかの土地の兵士と比べて残忍であるとか、そこの風土が猟奇的ということがあるのかもしれない。そう考えなおして調べてみたが、そのようなことももちろんなかった。金沢の特徴をいえば宗教心の篤い土地柄である。

どの面からも「中国の旅」は否定された。

なぜそんなものが活字になったのか。活字になるまで社内で反対する人はいなかったのかと不思議に思う。朝日新聞は日本の常識が通用しないところなのだろう。

本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない『月刊正論』 2014年10月号 阿羅健一(近現代史研究家)
http://ironna.jp/article/769
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