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肯定派の矛盾だらけの証拠

2010.04.21.18:32

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このブログは「日本の心を伝える会」で、「南京」に関する事実を知ってもらうため何が出
来るのか?を皆で話し合い、動きを掛けようとする人達が集まったメーリングリストの
メンバーを中心に展開しています。
 今回はその中でのやりとりをご紹介したいと思います。

『マサキ』さんからの問題提議
―― 中国侵略戦争の記録 ――
父の語った戦争、語らなかった戦争 No.5
南波正男
--------------------------------------------------------------------------------

私が小学生の頃から、父は「俺は中国で、この手で何百人殺したか判らない」
と言っていました。
そして、亡くなるまで、夜、時々うなされていました。昨年、東裁判を傍聴した時、
戦時中に将校だった連中も傍聴していました。
連中の目つき、雰囲気、姿勢が「どこかで見たり感じたりしてきたものだ」
と思いましたが、それは父と同じものでした。
そして、この連中も中国で虐殺を繰り返してきたのだと直感しました。
それくらい父も残虐な行為を行っています。
父-南波賢(1991年8月死亡 享年76才)は、二回徴兵され、関東軍に所属し、
中国東北部=「満州」と中国南東部=上海、南京等(所属は金沢第9師団)を侵略し、
二回とも負傷して除隊しています。また45年には大空襲で焼け出されてもいます。
以下の文章は、小学生の頃から聞かされていた事を、亡くなる前年に再度聞き取りして
まとめたものです
(父親ばかりでなく、今また子供たちを兵隊に取られる様な時代がくるとは)。

http://www.jca.apc.org/nmnankin/nanba1.html

こいつらが日本を咎める元凶です。
こいつらを、論破し叩きのめす必要があるのではないでしょうか?


政)この一つの問題提議の中で、様々な情報・動き・見識が発生しました。
  まず『鷲』さんは、非常に納得出来る、普段私達が聞くことの出来ない話を
2回に渡り書き込みされています。

『鷲』さん記事(1)
肯定派の文章を読んでみると、軍隊の知識が無いが故に、トンデモ話が多く見られます。
そもそも、軍隊とは鉄壁の規律が課せられ、しかも私上の非行に関しては陸軍刑法が適用されます。
でなければ命にかかわる戦闘など、絶対にできません!!

リンクされた文章を読んでみると、「将校が兵隊を殴った」なる記述がありますが、
普通将校は兵隊とは殆ど接点を持ちません。

将校⇒下士官⇒兵隊と言う流れで、命令下達や、内務指導が行われるので、
将校が直接兵隊を殴るなどと言うことは、全くもって非常識なのです。

このような、軍隊に対する知識の無さから来る矛盾を把握していけば、
論破までは行かずとも、疑問を持った人たちの「疑問」を
更に大きくすることは可能だと考えます。

『鷲』さん記事(2)

再度、軍事的な観点から!
南波賢氏の言う「何百人も殺した」を考えてみます。
先ず浮かぶ疑問は、「どうやって殺した?」です。
自虐派の連中に軍事的知識が無いことが、ここでは此方に幸いします。
彼らは、「機関銃で殺した」とか「兵隊だから銃を持っているだろう」とか
「刀で切りまくった」などとしたり顔で言うでしょう。
 彼らは、戦争を知りません!単なる殺人行為の延長としか理解していないのです。
戦争が、法や規律の下に行われているなどとは想像外なのでしょう。
 機関銃や小銃で殺すには、弾が無ければ殺せません!当たり前のことです!!
 しかし、実際の戦闘中を除き、弾薬と言うものは常に厳重に管理されています。
私的な狼藉に使う、または使える弾など実際にはありません。
 戦闘外で、実弾を携行していた兵隊は、例えば弾薬庫の警備だとか、
司令部等の重要施設の警備などに当たっている兵士のみで、
その他の兵は、武器は兵舎等の武器庫(または、厳重に格納できる倉庫等)
に格納し、所謂「ゴボウ剣」と呼ばれた銃剣のみを携帯していたのです。
 銃剣や、軍刀で、そんなに人が殺せますか!??
 ましてや、相手は殺されると判断したならば、
それこそ死に物狂いで歯向かってくるでしょう。

 私は、シナにおける自らの非行を仰る方々の中に、
とてもじゃないが常識から考えてオカシイと思える証言をされる人を見ると、
「事情があって嘘を言ってるんだ!俺の言うことは常識で在り得ないんだから、
どうか嘘と気付いてくれ!」
と心の中で叫んでるのではないかと邪推してしまうこともあります。



政)次に、抗議・論破の動きが『togyo』さん『せいちゃん』さんによって実行されています。


『togyo』さん記事

HPにメルアドが載ってましたので、一度、知らせておきますね。

(下記内容、長文にてすみません)

南波正男様へ。

「南京戦に参加した父」を読ませていただきました。
お父様こと南波賢様が大日本帝国陸軍の精鋭部隊と謳われた第9師団に入隊し、
日支戦争にて極限の戦争体験をされたとのこと、お辛い体験であったと存じます。

第9師団は昭和12年(1937年)上海派遣軍司令官松井石根大将の要請により
第二次上海事変の増援軍として上海戦線に赴き、その後南京攻略戦に参戦しています。

南波賢様が追いついた南京占領後には師団長命令で「全員処置せよ」との命令があったとのこと。
まず、なぜこのような状況になったのかを考えさえていただきました。
日本軍と支那軍は戦争をしていました。
首都・南京には蒋介石など軍首脳部が臨戦態勢の構えでした。
しかし戦況から蒋介石は唐生智将軍を南京防衛軍司令官として残し、
身らは南京を脱出し、支那軍は混乱に陥り清野作戦を展開します。
南京には市民の安全のため安全区という非武装地域を設けることとなりました。
安全区の中に支那軍の軍事施設があるため最初は反対した日本軍でしたが、
後には認めて市民の安全を確保しています。
この安全区を運営する国際委員会ラーべ委員長から
「貴軍の砲兵隊が安全区を砲撃しなかった見事な戦いに感謝します」
と日本軍に対して手紙を宛てて謝意を表明しています。
蒋介石脱出後、挹江門を除き南京の全ての城門が閉じられました。
12月9日、日本軍は南京総攻撃の体制を整え、降伏勧告をしますが、
南京防衛軍に受け入れられず12月10日には戦争の火ぶたが切って落とされます。
総攻撃は日本軍にも多くの被害が出る、死に物狂いの戦いでした。
ところが12月12日、日支の激しい攻防戦の最中、唐生智将軍が幕僚とともに挹江門から逃亡します。
この逃亡が支那の兵士に知れると、さらなる混乱を生み、支那の兵士たちは
安全区へ便衣兵となり逃げ込んだり、門や城壁から脱出する者は支那督戦隊が狙い撃ちをします。
光華門では南波賢様ら第九師団と鯖江三十六連隊が攻撃します。
外門を突破すると支那軍の手榴弾や機関銃で猛攻撃されます。
鯖江三十六連隊第一大隊では伊藤善光大隊長も自ら城門に突入して戦死します。
そのときの模様を山田博冶伍長が、後に家族に宛てて記しています。

「我が鯖江三十六連隊は遂に全軍の先頭を切って、敵の最後の堅陣たる南京に
名誉ある一番乗りを決行し、光華門城頭高く、へんぽんと日の丸を打ちたてたのだ。
万歳、万歳、の叫びがあるのみ。遂に我等は勝ったのだ。
感極まって涙が溢れ出る。しかしながら我が第三中隊も残った者は僅かに九名だけ。
中隊長以下、数多くの戦友が、或いは戦死し、或いは負傷し、遂に我が大隊長殿も
壮絶な戦死を致されてしまったのだ。それもその筈、連隊長殿の命令は厳然たるもの。
<第一大隊は全滅を期して光華門に突入すべし>恐らく「生きて帰る」などと思った者は
一人もいないであろう。
敵は鉄条網を張り、深い水壕を控え、地雷火に、手榴弾に、迫撃砲の集中射撃に、
機関銃、小銃はもちろん、あらゆる武器を用いて最後の頑強なる抵抗をしたのだ。
俺は大隊が突入の時には後方連絡任務の為にこれに参加できなかったのは、返す返すも残念でならない」

12月13日のことです。
南波賢様は第九師団として「上海上陸から南京にかけては地獄だった。
俺の村から180名が徴兵されて同じ部隊にいたが、それが一晩で11名しか生き残らない戦闘になった」
とお話しされたとのこと、先の鯖江三十六連隊も同じく熾烈な戦いをしています。
南京陥落後の「全員処置せよ」が、この戦時下でいったい誰に向けられたものか、市民に紛れた便衣兵なのか、
本当に安全区から引っ張り出した市民だったのか、ラーベ委員長の手紙から明らかに
前者と見るのが妥当ではないでしょうか。
清野作戦も督戦隊も便衣兵も戦況を悪化させ、命との引き換えとなった
限られた時間の中での南波賢様の混乱と恐怖は十分に理解できます。
南波正男様も自立労連として、お父様の遺志を受け継ぎ、戦争のない世の中を築くことを
望んでおられるとのこともよく理解できます。
さて、敗戦より65年が過ぎて日本では有難いことに戦争はありませんし、
ご心配のような子供たちが兵隊に取られるような時代も来ておりません。
家族とともに過ごせる有難い時代です。しかし、年間3万人の自殺者を生んでいるのが今の日本です。
何故平和な世の中でこれほど多くの日本人が苦しまなくてはならないのでしょうか。
平和病ですか?貧しいからですか?それでも生きていけるのが今の日本のはずです。
私は日本人としての誇りがないからだと思っています。
国内よりも、むしろリスクのある海外で生き抜いている日本人の方々に
その誇りが芽生えているようにも思います。
その誇りとは日本人ならではの心の持ちようではないかと思います。
国とは、そして国の言葉とは人が生きていくために、家族のように、
とても代えがたい大切なものだと思います。
心は他者から学ぶことができませんが、家族や国の歴史なら学ぶことができ、
そこから心を育むことができると考えています。
最後に、お父様ご同様にお辛い思いをされた南波正男様のこれからのご活躍が、
日本の誇りと日本人の心と共にあることを願って、筆を折らせていただきます。

『せいちゃん』さん記事
この「ノーモア南京の会」へ以下のような質問をして見ました。
ちょい長いですが・・・

件名:HPを拝見して質問させていただきます。

初めてメールを差し上げます。
私は、恥ずかしながら日本軍が南京で残虐行為を行った事を最近知り
独学で調べている者です。
この度、貴会HPを拝見し、疑問に感じた点について質問させていただきました。

【質問1】
貴会HPの「父の語った戦争、語らなかった戦争 No.5」文中の
>中国政府は、南京で30万人殺されたと言っているが、
 俺はもっと殺したと思っている。
についてですが、南京安全区委員会委員長のジョン・ラーベ氏は1937年12月18日、
日本大使館宛に
「我々22人の西洋人では中国の20万市民に給食し、そして日夜の安全を確保することは出来ない」
と記し、1937年12月21日、国際委員会のアメリカ人教授、ベイツ氏は日本大使館宛に
「我々は南京の20万市民の福祉のため人道の名の下に以下の処置がとられるよう嘆願書を提出します」
(亜細亜大学教授・日本「南京」学会会長、東中野修道氏発掘)
という書簡を送っています。
「南京安全区内の20万市民」とは書いてありません、あくまで「南京の20万市民」です。
上記のように、20万人という数字は、南京陥落後の安全区内に非難収容された人数ではなく
南京市内全体の人口が多くとも20万人であると読み取れるのですがいかがでしょうか?
日本でも中国でもない第3者が提示した数字が客観的で正確だとすると、
中国が主張する被害者30万人と矛盾が生じると思いますがいかがでしょうか?
この疑問について貴会HPのQ&Aも拝見しましたが、
「数の問題はあまり意味をもたない」
で締めくくられ私の疑問を解消するには至りませんでした。
例えば今日の殺人事件でも1人殺すか、10人殺すか、100人殺すか、
では、その事件の重大性や世間に与える衝撃は全く異なるもので、
特に歴史的な重大事件である「南京事件」では、
その真相究明の為、正確な被害者数の検証は、悲調不可欠と考えます。

【質問2】
貴会HPQ&A 否定派のウソ8
「百人斬り」というのは捏造記事である」の回答文中に
>百人斬ったかどうかが問題なのではない。戦闘で斬ったというのは確かに
「ウソ」であるが、それよりひどいことをした。
 捕虜を斬ったのである。
とあります。
これは向井敏明少尉、野田毅少尉の「百人斬り」についての事と思いますが、
彼らが捕虜を斬った事とは知りませんでした。
彼らが捕虜を斬ったことを客観的に証明する資料を教えてください。
こちらも調べてみたいのです。
まだ、この問題に関する認識が浅いもので、これからもこの問題について勉強を
積みたいと思います。
その一環として、上記の質問を差し上げた次第です。
ご多忙とは存じますが、私のような初心者にご回答いただければ幸いです。

政)この後、少し個人的な内容での緊張緩和できるやり取りがあり、箸休めとなりました。
  最後になりますが、問題提議をされた『マサキ』さんの記事で、
  一通り一旦の締めになっています。
※後日、私自身も抗議・質問のメールを送付致しました。
  お二人の質問・抗議を含めて誰の回答も帰ってきていません。



『マサキ』さん記事
鷲さん。
軍人としての、的確なご意見参考になります。

◎栗原利一伍長 第65連隊第1大隊所属

もう一点だけ、こちらも見て頂けないでしょうか。
こちらは、本田勝一に父が話した話として、スケッチ付きで虐殺の説明をしています。
自分では、どこが嘘なのか良く理解できません。
お手数ですがよろしくお願い致します。
togyoさん 、せいちゃんさん
抗議メールありがとうございます。返信あるかどうかは分かりませんが、
返信ありましたらまたご紹介頂きたいです。

南波正男氏で検索した所、神奈川県で行政書士をしている様です。
風俗関係や外国人関係の手続きについての表示もでておりましたので、
胡散臭い人物のにおいがぷんぷんします。
まともな日本人としての感性はお持ちではない可能性も考えられます。
http://www.tkita-amare.com/
この様な、日本人を咎める発言をする日本人を作ったのが、撫順戦犯管理所だと考えられます。
中帰連・撫順戦犯管理所洗脳プロセス(南京関連)
http://www.youtube.com/watch?v=RAdq0kAn24o
この様に洗脳された日本人が、嘘の虐殺をつくり、
今に至るのではないかと思いますので、
なぜ彼らがこういった反日的発言を繰り返しているのかを
暴いていかなければ、御英霊の方々の名誉は回復しないと思います。

政)マサキさんの最後の締めの言葉が心に染みいります。
  鷲さんの記事は非常に興味深く、内輪で終わらせるにはもったいない記事でした。
   togyoさん。せいちゃんさん。のメール文書は、整然とまとめられていて、
  且つ熱気の籠もった言葉で、メールの文書として済ませるには惜しい内容でした。
   数あるMLトピックの中で、私がこれを選んだ理由です。
  「南京大虐殺」は冤罪です。
  この様な肯定派の意見を堂々とまかり通る世の中は、御英霊のみならず、
  現在生きている私達日本人に対しての侮辱でしかありません。

 今回は色んな人の記事を紹介するにはもってこいだった、トピックのご紹介をしました。
『ブログまでは出来無いしな~』
『けど何かやらないと!』
と思って頂けた方は、「日本の心を伝える会」会長『ねずきち』さんのブログを
一度読んで下さい。
まずは読まれて、自分が出来ることを捜すことから始めましょう!
※本ブログのリンク『ねずきちのひとりごと』からドウゾ!

終わり。
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Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

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