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書籍:南京事件の総括―虐殺否定の論拠〈はじめに〉より(2)大虐殺の定義

2011.08.06.14:56

昭和五十九年の歳末に雜誌「諸君!」が、南京事件を研究している《虐殺派》《中間派》《虐殺否定派》の四人を集めて座談会を開いたことがある(同紙六〇年四月号所載)。集まったのは元早稲田大学教授洞富雄、拓殖大学教授秦郁彦、ノンフィクション作家鈴木明の三氏と私の四人であり、この四人はそれぞれ『決定版南京大虐殺』『日中戦争史』『《南京大虐殺》のまぼろし』『《南京虐殺》の虚構』の著者である。司会は「文芸春秋」編集委員長の半藤一利氏であった。

〈田中 《大虐殺》とは何かという定義からはじめましょう。私はやはり、当時の日本軍が計画的、組織的に虐殺をやったかどうか・・・・・・発令者がいて、命令を伝達する者がいて、かつ実行者がいたのかどうか。そういう計画性の有無を論じたいと思うんですよ。〉(これに対して洞氏)〈贊成ですね。ぼくは、大虐殺という言葉は好きじゃないんです。〉

活字にはならなかったが、洞氏は「あれ、一体、いつ頃から言いだされたんですか」との自分の設問に自分でこう答えている。「本多勝一氏が『中国の旅』の中で、中国で云われている《大屠殺》を《大虐殺》と翻訳して書いたのがはじめてではなかろうか」と。そして次に続く。〈─一般には《南京事件》だったですね。洞 ええ、私も前に書いた本は『南京事件』としました。ただ、のちに版元の要請で「大虐殺」になっちゃった。(笑)ことに今度の本なんか『決定版・南京大虐殺』となった。(笑)「決定版」はほんとに困るんだ。〉

結局、この座談会では、最後まで「大虐殺の定義」はなされずに終わってしまった。しかし、「南京大虐殺」という言葉が本多勝一氏の『中国の旅』(昭和四十六年)あたりが最初だろうという洞氏の言葉は興味がふかい。中国は「南京大屠殺」といって、決して「大虐殺」とは言わない。その理由については別項で詳論しているので参照していただきたい(第七章『なぜ中国は「大屠殺」か』)。


南京事件の論点は、日本軍が犯したとされる殺害行為の存否とその規模および、それを虐殺と評価するか否かとされています。
戦後、日本の学者や著述家が検証を深めて、この議論をしていくわけですが・・
片や、日中の外交など政治的な背景に影響を受け続けることになり、真実でない論説は見逃せないわけです。

南京事件で犠牲になった市民を10万人以上とする代表的な研究者は、南京事件調査研究会のメンバーである洞富雄 (早稲田大学教授)、藤原彰(一橋大学教授)、笠原十九司(都留文科大学教授)、吉田裕(一橋大学教授)、井上久士(駿河台大学教授)、本多勝一(ジャーナリスト)、高崎隆治(戦争研究家)、小野賢二(化学労働者)、渡辺春巳(弁護士)などが挙げられる。
南京大虐殺論争 - Wikipedia


大虐殺派の主要な研究者であった洞先生でさえ、著書のタイトルを「大虐殺」ではなく「事件」としようとしました。
それは、大虐殺では不安定要素があった、つまり大虐殺の定義には値しない要因があったからです。
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