正論コラム(1)事実認定は遺族側の実質勝訴だった百人斬り訴訟

2011.10.25.20:01

月刊正論:4月号から
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  産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
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 「支那事変」「南京」70年で過熱する反日宣伝

 中国だけでなく米国でも「大虐殺」の映画が製作され
 日本では裁判所が「百人斬り」報道で
 名誉回復を求める遺族の訴えを棄却…
 プロパガンダの拡大をこれ以上許してはならない(P122~130)


           産経新聞論説委員●いしかわ・みずほ 石川 水穂


■事実認定は遺族側の実質勝訴だった百人斬り訴訟
 
 昨年12月22日、昭和12(1937)年の南京攻略戦で旧日本軍の将校2人が日本刀で「百人斬り」を行ったとする事実無根の報道で名誉を傷つけられたとして、遺族らが朝日、毎日新聞などを訴えていた訴訟の上告審で、最高裁は遺族側の上告を棄却する決定を下した。現在、「百人斬り」が冤罪であることは疑いようのない事実であるだけに、残念な結果だった。

 原告側の高池勝彦弁護士は「もともと難しい裁判だった。同じ南京事件をめぐる名誉毀損訴訟でも、橋本裁判のように名誉を傷つけられたとする当人が生きている場合は、主として被告側が挙証責任を負うが、遺族が訴えを起こす場合は、遺族側に挙証責任を負わされるケースが多い。今回のケースも、遺族側にとり、挙証責任のハードルは高かった」と振り返った。

 高池氏が言う「橋本裁判」とは、南京戦に伍長として従軍した橋本光治氏=都内在住=が、元部下(上等兵)らの著書で「中国人を郵便袋に入れて火を付けて虐殺した」などと書かれ、元部下らを名誉毀損で訴えた裁判だ。一審(平成8年、東京地裁)、二審(10年、東京高裁)、三審(12年、最高裁)とも橋本氏が勝訴した。敗訴した元部下の東史郎氏は判決確定後の昨年1月に93歳で死去したが、橋本氏は今も健在である。

 これに対し、「百人斬り」冤罪訴訟は、南京戦に従軍した向井敏明、野田毅両少尉が日本刀で中国人の「百人斬り」競争を行ったと当時の東京日日新聞(現在、毎日新聞)が報じ、戦後の昭和46年、朝日新聞の本多勝一記者が連載「中国の旅」で「百人斬り」を蒸し返した記事の真偽が争われた裁判である。

 向井、野田両少尉は東京日日新聞の記事がもとで、戦後の昭和22年12月、南京の軍事法廷で死刑を宣告され、翌23年1月、銃殺刑に処された。2人とも、無実を訴える遺書を残していた。当人が亡くなっているため、向井氏の次女、田所(旧姓・向井)千恵子さんと野田氏の妹、野田マサさんら遺族が原告になって争ったが、現在の法制度では、法廷で名誉毀損を立証することは極めて難しい仕組みになっている。

 一審(平成17年8月、東京地裁)、二審(18年5月、東京高裁)とも、遺族側は敗訴したものの、裁判所が東京日日新聞や朝日新聞の記事を真実であると認めたわけでは決してない。

 一審判決は東京日日新聞の記事について、「一般論としては、そもそも国民の戦意高揚のため、その内容に、虚偽や誇張を含めて記事として掲載された可能性も十分に考えられるところである」「両少尉の職務上の地位、日本刀の性能及び殺傷能力等に照らしても、両少尉が、本件日日記事にある『百人斬り競争』をその記事の内容のとおりに実行したかどうかについては、疑問の余地がないわけではない」と疑問を提起した。

「両少尉の職務上の地位」は、両少尉がともに上海派遣軍第十六師団歩兵第九連隊(京都)の第三大隊に所属し、向井少尉が歩兵砲小隊長、野田少尉が大隊副官を務めていたことを指している。歩兵砲小隊長は敵との距離をはかって砲撃を命じる役割、大隊副官は大隊長の命令を各中隊に伝える役割を担っており、日本刀で「百人斬り」をしている余裕などないのが軍事常識といわれている。

一審判決に対し、当時、被告側は次のようにコメントした。
毎日新聞社長室広報担当 「当社の主張が認められたものと理解しています」
朝日新聞広報部 「当社の主張を認めた判決と受け止めています」
本多勝一氏 「判決は全く当然の結果だ。原告側はこの事実を否定することで、南京大虐殺や中国侵略そのものを否定しようとしたが、訴訟でかえって歴史的事実が固められたという感謝すべき一面もある。ただし、つまらんことで時間をつぶされたことには怒っている」(平成17年8月24日付産経新聞)

 二審判決は記事に対する疑いをさらに強め、「南京攻略戦当時の戦闘の実態や両少尉の軍隊における任務、1本の日本刀の剛性ないし近代戦争における戦闘武器としての有用性等に照らしても、本件日日記事にある『百人斬り競争』の実体及び殺傷数について、同記事の内容を信じることはできないのであって、同記事の『百人斬り』の戦闘戦果は甚だ疑わしいものと考えるのが合理的である」とした。

 最高裁の決定は上告事由に該当しないことなどを記した簡単なもので、記事の中身に踏み込んでいない。これにより、遺族の訴えを退けた一、二審判決が確定した。遺族は裁判で負けたとはいえ、「百人斬り」競争報道の真実性を否定するという目的はほぼ達したのではないか。


百人斬り訴訟をルポした石川記者は、当時の記者の実態証言も記事にしています。

【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂 南京の真実語った従軍記者(2008.9.27)
http://megalodon.jp/2008-0929-1812-32/sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080927/trl0809270350001-n1.htm

南京戦に従軍した元東京日日新聞(毎日)カメラマン、佐藤振壽氏が今月4日、95歳で死去した。佐藤氏は“百人斬り”の新聞記事の写真を撮影しながら、「記事は事実ではない」と言い続けた。ー佐藤氏は平成6年5月の本紙連載「南京の真実」で、こう証言している。「浅海一男君(故人)という社会部の記者が2人から話を聞いて、私はそばで聞いていたんです。…これから南京に入るまでどっちが先に百人切るか競争するんだと。でも私には納得のいかないところがあった」「修羅場になったら(野田少尉が務める)大隊副官は大隊長の命令指示を受けて、何中隊はどうする、と命令を下してなくちゃいけないわけです。(向井少尉が務める)歩兵砲の小隊長は『距離何百メートル、撃てーッ』とやってなくちゃいけない。それなのにどうやって勘定するの。おかしいなと私は思ったんですよ」その後も、佐藤氏は「あれは戦意高揚のための記事で、軍の検閲も通っているが、あり得ない話。戦後、浅海君は“百人斬り”の件で市ケ谷の検事団に呼ばれたが、『あれはほら話』といえばよかったんです」と話していた。

向井千恵子さんと野田少尉の妹、マサさんら遺族は平成15年4月、朝日と毎日などを相手取り、両少尉の名誉回復を求める訴訟を東京地裁に起こした。高齢の佐藤氏は長男の尹一氏と看護師に付き添われて車いすで出廷した。途中でストップがかかり、血圧検査などを受けながら、「百人斬りを百パーセント信じていない」「記事はうそでも私の写真は本物です。それが原因で2人が銃殺されたと思うと、気の毒な気持ちでいっぱいです」と証言した。


ところが百人切りの逸話が事実として一人歩きをはじめ、お二人の軍人が処刑されたわけです。
さらに中国の南京大虐殺記念館では、当時の東京日日新聞の記事が“虐殺の証拠”として等身大パネルとして今もなお展示され続けているのです。
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