スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新「南京大虐殺」のまぼろし(2)中国の本にみる数々の新事実

2011.11.10.19:32

「まぼろし」のモヤの向こうに見えてきたもの, 2005/4/15By Hiromi (ロンドン、UK)
カスタマーレビュー/新「南京大虐殺」のまぼろし
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4870313685/ref=dp_top_cm_cr_acr_txtie=UTF8&showViewpoints=1

1999年の初版を初めて読んだ時、本書の内容が『南京事件』研究にとって大変な価値があることはわかったのだが、正直なところ、本書に登場する中国側南京戦・宣伝戦関係者の、誰が誰の敵か味方かすぐには判断しきれない複雑な相互関係が頭に入ってゆかず、個々の人名が宙ぶらりんのまま本を置いてしまった。
しかし、この5年間の南京『虐殺』研究の進化は著しく、南京攻略・防衛戦に於ける日中両軍の動向と、中国側の外国人を巻き込んでの反日宣伝の系統図、安全区国際委員会の報告書及び日記・手紙、そして東京と南京の裁判記録等など、ありとあらゆる色・形の沢山の小片が収まるべきところに収まり、『南京事件』というジグソーパズルをほぼ完成させようとしている。
そうして整理された頭で再度本書を、今度はマーカーと付箋で武装しつつ熟読してみると、著者があげた沢山の「パズルの小片」が、面白いように『南京事件』のジグソーの絵にピッタリはまってゆく。
しかもその多くは、南京戦及び反日宣伝戦の全体像の中で肝心要の部分を占めるものばかりである。
鈴木氏が挙げた数々の「小片」とは例えば、『虐殺』が最も多く『報告』されている雨花台、下関付近を担当していた88師の孫元良と36師の宋希濂両将軍、そして南京保衛軍総司令官・唐生智の回想録など、中国で発行・流通している中国側公的資料に基づく書籍からの引用、あるいは中共が贔屓にするエドガー・スノーらの言説ばかりである。「歴史修正主義の右翼の日本人が書いたものだから信用できない」とは絶対に言わせない。
そうして出来上がった「絵」の中では、ウソはウソとはっきり解る。第三者の傍証が全くない偽りの『証言』は淘汰されていくからだ。
『南京事件』は、いまや「まぼろし」ではない。『虐殺プロパガンダ』と、それを『被告』日本人を含め全世界の人がまんまと信じ込まされた、という異常な『事件』、それが『1937南京事件』である。


そのパズルの一端を見てみましょう。

虚報の真犯人はエドガー・スノーだ 私が「新"南京大虐殺"のまぼろし」を書いた理由 鈴木 明(作家) 「正論」平成11(1999)年7月号より転載

中国旅行をするようになって、改めて目についたのは、その刊行されている本のバラエティの豊富さであった。-僕はその中で、ロイド・イーストマン(イリノイ大学教授 中国現代史専攻)の書いた「流産した革命・国民党統治下の1927~37年」を読んでいるとき、ふと注目すべきいくつかの点に気がついた。

例えば盧溝橋事件について、 「当時、北京の近くにいた日本軍隊の数は5千人~7千人だが、その展開、配置された場所は、盧溝橋に備えたようなところではなかった。中国第29軍は少なくともその10倍はおり、この事件が日本側によってあらかじめ計画された事件であるとは考えにくい」「蒋介石がその高級官僚をすべて集め、全面抗戦を決定したのは、8月7日のことである。蒋介石はその生涯における、最大にして後に議論を呼んだ、大きなギャンブルに打って出た」「蒋介石は日中の戦いの主戦場を、華中かた華南、つまり上海に移すことを決心したのである」

イーストマンはアメリカ人だが、この本が中国で正式の検閲を受け1万9千部もの発行が許された、ということは、中国の改革開放がそれほど進んだ、ということであり、僕が假に「中国で出版された本による」と書いても、それは決して誤りでないことを意味するであろう。

そして「中国で許可を得た」この本は、「南京占領に際して、日本軍は中日戦を通じて、最も卑劣な暴挙、南京大虐殺を行った。およそ7週間の間に、日本軍は最低4万2千人の中国人を殺害し、およそ2万人の女性が強姦されたが、真の中日戦争は、この時から始まったのである。」とも書かれている。僕はこれらの文章を読みながら、中国で発行された本の中で、はじめて「4万2千名」というような細かい数字が出てきたことに注目した。

そして、日本人が日頃から考えている「日中戦は、昭和12年7月7日、盧溝橋事件」からはじまったのではなく、8月7日、蒋介石によって決断されたのであり、また「上海戦」「南京戦」は別個に存在する戦いではなく、あくまでワンセットの戦いとして見るべきものである、ということも理解した。

その後に読んだ多くの中国側戦記によっても、実際に南京で戦った中国軍の大半は、疲れ果ててやっと南京にたどり着いた軍隊であり、その中の約4分の1は、鉄砲の撃ち方も知らない新兵(中国兵は、すべて金によって仕方なく軍に連れてこられた貧しい傭兵である)であることもわかった。

「南京戦」で、よく名前が出てくる、最高司令官の唐生智は、戦後毛沢東の側につき、湖南省副省長になっているが、晩年に書いた「南京戦」の回憶録の中で「南京はそもそも守るべき都市ではなかった」といっており「あの戦いは、蒋介石が日本軍を利用して雑牌軍(蒋介石直系軍以外の軍)を整理しようとしたのだ」とまで言い放っている(唐生智は、文化大革命のとき、紅衛兵のつるし上げにあって、それが直接の原因となって死亡した)。

1990年代に入って、中国でも「売れない本は出さない」という市場原理が入ってきたからであろうか、旧国民党時代に関する本が、書店の主要な部分を占めるようになった。-世情は、間違いなく急激に変わったのである。


そして、このパズルが後世に引き継がれ、真実を招くのです。

脱 ・ 洗脳史講座 /南  京  虐  殺 ( 5-3 )―ティンパーリィ編『 戦争とは何か 』 ―
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/nanking/nanking-jiken-5-3.html
国民党政府がティンパーリイ(中国名・田 伯烈)をアメリカやイギリスに派遣、宣伝工作に当らせたこと、次いで「中央宣伝部顧問」に任命したことを、鈴木明が『 新「南京大虐殺」のまぼろし』(飛鳥新社、1999)のなかではじめて指摘しました。

その後、北村稔・立命館教授による『曾虚白自伝』の発見、東中野修道・亜細亜大学教授による「極機密」の印が押された『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』(以下、『工作概要』) の発掘などによって、国民党政府の日本に対する「対敵宣伝」の全貌がかなりハッキリしました。
スポンサーサイト

theme : 歴史
genre : その他

comment

Secret

プロフィール

南知隊!

Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
南知隊ブロの中で検索したい事柄があった場合、↓の窓に語句を入力して「検索」ボタンを押すと、該当の記事が出ます。
通州事件の真実
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。