新春企画「松井石根物語」(転)

2012.01.07.14:58

松井石根が東京裁判「南京暴虐事件」にかけられて、出廷した証人は九名、宣誓供述書や陳述書による証言は一七名、その他の文書は十一通でした。
以上合計三十七の証言・文書が、検察が提出した全証拠です。
ところがこれらの証拠は怪しいものばかり、証言は裏付けの無い伝聞が多数です。

数万規模の虐殺があったはずが、裏付けとなる複数の証言が一組もなく、ほとんどの殺戮事件で、常にたった一人の人間だけが、妙に似たような方法で生き残り、証言しています。
しかし、東京裁判では証言の真偽に関する検証は一切行われませんでした。
それは東京裁判には「偽証罪」がなく、まるで中世の魔女狩り裁判だったからです。
検察は冒頭陳述で「組織的であり、計画的な犯行である」と主張しましたが、その証拠は遂に提出できませんでした。
南京で虐殺があったとしても、それはアウシュビッツや広島・長崎とは全く性格が違う、個人的暴発的反抗にとどまるのです。
各国のジャーナリストがいたはずなのに、証拠となる写真一枚なく、検察は物的証拠を一点も提出していませんでした。
裏付けの取れない証言と、作成者のわからない資料、それが証拠の全てとされました。

南京の中国軍の崩壊後、逃げ遅れた何千人の兵が安全区に逃げ込み便衣兵となります。
国際法で禁じられている便衣兵(ゲリラ)として捕まります。
本来はこの便衣兵は安全区の管理者が武装解除させ、戦争が終わるまで置いておくか、捕虜として引渡しの義務があるのであるが、人数や能力からそれができないのみならず、敗残兵をかくまりたい、保護したいとの思いがある。
日本との間にトラブルが起こり、反目が起こり、日本軍に不利な報告をすることとなります。
手榴弾など武器を相当数隠し持っていたし、反攻のうわさで持ちきりであったため、戦闘目的であると解釈されても致し方ありません。
結果敗残兵の掃討に強引さが出て、かなり杜撰な餞別となってしまったと考えられます。
兵と誤認されたケースも出たでしょう。
便衣隊の処刑はおよそ三・四千人であろうと推測されます。
結果、公開処刑とみられたものが「虐殺」の宣伝文句に利用されてしまうのです。

しかしこれはあくまで戦闘行為であり、虐殺には当たりません。
安全区に逃げ込んだ中国軍逃亡兵は数千から万とされます。
彼らが便衣兵となり、その摘発で三・四千名が処罰されたと考えられますが、戦時の法律に違反するものではありません。
中国軍司令官の逃走後の無秩序な同士討ちにより中国軍兵士の死者が出たのも、また戦時のことですので戦闘行為にて中国軍人が多く亡くなったこともあるでしょう。
彼らは捕虜の資格もなければもちろん市民でもありません。
いかなる権 利も有しない不法ゲリラです。日本軍が彼らを虐殺をしたとの指摘にはいっさい当たりません。
捕虜として扱うにはハーグ条約その他で一定の資格があります。
投降し、かつ受け入れ側が捕虜と認め捕虜収容所に連行して初めて捕虜の扱いを受けます。
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