ポツダム宣言と東京裁判/A級戦犯とは何だ!

2012.01.22.09:22



昭和20年(1945)8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾、翌15日には「終戦ノ詔書」がラジオを通して発表されました。
日本はこの時、敗戦ではなく、終戦をむかえたのです。
しかし・・

ポツダム宣言第10条
「..吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ..」

8月30日、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが神奈川県厚木飛行場に到着 。
9月2日、戦艦ミズーリで降伏文書調印式。
この後、日本は連合国軍の軍事的管理下に入り、東京に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)を設置。 GHQの目的はポツダム宣言を日本に実行させることにあった。
特に、その中で憲法改正、旧指導者の追放(公職追放)とともに占領政策の大きな支柱の一つだったのが戦争犯罪人の処罰。

戦争の裁きを、連合国にこそ“正義”が存在したと日本国民に知らしめるための裁判を行う。
GHQが戦争犯罪人容疑者の選定と逮捕に踏み切り、戦犯裁判の準備を行った。
翌昭和21年(1946)1月19日マッカーサー連合国軍最高司令官名で「極東国際軍事裁判所条例」を布告。

この条例は、ナチス戦犯を裁いたニュールンベルク裁判のための国際軍事裁判所条例に全面 的に依拠し、戦争犯罪の定義として次の三つを定めました。
(1) 「平和に対する罪」(共同謀議して、侵略戦争を計画し、準備し、開始し、遂行して世界の平和を撹乱したという罪)
(2) 「通例の戦争犯罪」(戦争の法規および慣例に違反したという罪)
(3) 「人道に対する罪」(非戦闘員に対して加えられた大量殺戮、奴隷的虐待、追放その他の非人道的行為)

4月29日、極東国際軍事裁判所の検察局は多数の戦犯容疑者のうちから28名をA級戦争犯罪人として同裁判所に起訴し、5月3日より公判が始まった。通称、東京裁判。
判決は、2年後の昭和23年(1948)11月12日に下され、7名が死刑、16名が終身禁固刑、2名が禁固刑となった。(大川周明氏は進行麻揮のため免訴、松岡洋右・永野修身の両氏は裁判中病死)。

これらA級戦犯の他、通例の戦争犯罪として、内地をはじめ中国・東南アジア・太平洋地域の各地で開かれた連合国各国の軍事裁判で有罪となった人々も多数います。
この人々は“B・C級戦犯”と呼んでA級戦犯と区別されています。
B級とは「俘虜虐待行為の監督、命令に当たった者」、C級は「その直接実行者」としている。

これらはパリの不戦条約(昭和三年)の不法ともいえる拡大解釈、さらには国際法の実定法・慣習法にない曲解した法解釈の結果とされる。
その挙げ句が、極東国際軍事裁判所を始め、各地の戦犯法延で裁かれ、「戦犯」として死刑の判決を受けた人の総数は一千名をこえ、そのうち九百余名に死刑が執行されました。

A級戦犯とは何だ!PDF
http://www.sinseiren.org/Akyusenpan.pdf
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