拾いもの(01)南京警備大隊の大隊長だった方が1976年に歴史読本に寄稿した手記

2012.03.20.02:42

>終戦時に「南京の人は日本の軍隊に優しくした。 なぜか」

 終戦後、南京市で武装解除された南京警備大隊の大隊長だった方が
1976年に歴史読本に寄稿した手記によると

★エピソード①

 武装解除され、捕虜になった日本兵たちに南京市内・外の

水路・クリークのドブ浚いの強制労働が課せられ、少ない食料で

重労働を強いられて日本兵たちが日々痩せ細っていく。

それを見かねた南京市民たちが食料の支援をしてくれるようになり、

水路やクリークの橋の上から毎日大量の食料を投下してくれた。

助けられた日本兵たちが南京市民に感謝の言葉をかけると、

市民たちはニコリと笑顔で手を振って答えていた。

★あの南京市民の暖かい支援を見てると、大虐殺があったとは思えない。



>終戦時に「南京の人は日本の軍隊に優しくした。 なぜか」

 終戦後、南京市で武装解除された南京警備大隊の大隊長だった方が
1976年に歴史読本に寄稿した手記によると

★エピソード②

 酷暑で有名な南京の真夏の炎天下で重労働をする日本兵が

脱水症状を起こして倒れる姿を見た南京市民たちが、橋の上から

樽に詰めた大量の飲料水を降ろしてくれて、それで日本兵たちは

助けられた。 

1年半の強制労働によって死者が出なかったのは

この市民の水のお陰だった。

★南京市民の心温かい日本兵への気配りを見てると、
大虐殺があったとはとても思えない。



 終戦後、南京市で武装解除された南京警備大隊の大隊長だった方が
1976年に歴史読本に寄稿した手記によると

★エピソード③

 終戦後、中国では多数の「野盗」「匪賊」「山賊」の集団が

発生し、各地で村々への襲撃、食料、女性の略奪事件が多発していた。

そんな中、南京市郊外の村々から日本兵捕虜に村の警備を頼みたい

との要請が入る。 

理由は、「日本兵は中国兵より信用でき、規律正しく精強だから」

最初は大隊長は無理だと断っていたが、何度も懇願され、捕虜収容所

の司令官に賄賂を渡して了解を取り付けてきたので応じた。

武器は村々が手配し、15人程度の分隊を20個ほど編成して

郊外の警備に当たった。 「匪賊」「山賊」の群れは、日本兵が

警備していることを知るや、恐れをなして襲ってこなくなった。

★中国人の日本兵に対する信頼を考えると、南京虐殺は無かったと思う
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