日本創新党・山田党首が語る南京の真実

2012.04.29.20:45

南京事件「河村氏は正しい」 日本創新党・山田党首も発言(2012.2.26)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120226/stt12022618510002-n1.htm

日本創新党の山田宏党首は26日、大阪市で「南京事件はなかった。日本人は敗戦で敗者としての歴史観を植え付けられてしまった」と述べ、南京事件を否定した名古屋市の河村たかし市長を擁護した。「河村氏の言うことは正しい。日本人祖先のためにおかしな汚名をはらす努力をすべきだ」とも述べた。


荒川区議会議員・小坂英二氏がお勧めする山田氏の「南京事件はなかった」のブログ。

小坂英二氏の考察・雑感(2012.04.15)
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-222.html

山田氏のブログ記事より、その真実を語る個所を抜粋いたします。
全文は山田氏の本トピックでお楽しみください。

「南京事件はなかった」 / 末永く繁栄する、新しい日本の形づくりを…日本創新党党首 山田 宏 公式ホームページ (2012.02.22)
http://www.yamadahiroshi.com/blog.shtml?0#d187

「南京事件」なるものが、初めて!国際社会で取り上げられたのは、それが起きたとされている1937~38年ではなく、それから9年もたった日本敗戦後の東京裁判の時だ。それまでは、ごく少数の戦争宣伝を除けば、次の歴史文書が示すように全くと言っていいほど国際社会には登場しない。30万人も虐殺されたなら、当時から大問題になってなければおかしい。南京は当時の中国の首都。日本の南京占領時にもたくさんの外国人記者がいたのだから。

国民党政府国際問題研究所監修の1939年発行の「南京安全区公文書集」(Documents of the Nanking Safety Zone)によれば、日本軍が南京を占領した1937年12月における南京の人口は約20万人だが、それから1ヶ月後の38年1月14日の人口は約25万人と記されている。虐殺が行なわれたとされているのに、人口は減るどころか増えている。それは、日本軍が市内の治安を保っていることがわかって、逃げた人口が戻ってきたことを示しているのではないか。これは当時の中国側の資料だ。

台湾の台北にある国民党党史館に納められている「国民党宣伝部国際宣伝工作概要1938~1941」の記載は、日本が南京占領する1937年12月1日から1938年10月24日までの11ヶ月間に漢口で300回にもわたって、国民党による外国人記者会見が行なわれたが、ただの一度も南京での虐殺に触れられていない。南京で日本軍による虐殺があれば、触れないのはおかしい。

当時の在日米国大使館付武官であったキャボット・コーヴィルが、1938年5月2日に本国に送った「南京調査報告」では、次のように記載している。「南京の安全区は幾分とるに足らない問題もあったが、(日本軍は)ほぼ満点の配置だった。それとは対照的に大事なことは、中国兵が安全区を尊重しなかったことだ。多くは軍服を脱ぎ捨て安全区に避難した」当時も今も、軍服を脱いだ軍人は、国際法の保護を受けない。軍人が捕虜として保護を受けられるのは、きちっと軍服を着ている場合であり、そうでない場合不審な行動をとれば射殺されてもやむを得ないのだ。

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『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
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