張作霖事件 巻の1

2012.07.03.18:31

国際派日本人養成講座 No.741<<作成日 : 2012/03/25 >> 張作霖爆殺事件の容疑者/ソ連と中国共産党は日本以上に明確な動機を持っていた。より

■1.「深紅の炎が暁闇を破って」

 現代史家の秦郁彦氏は、その光景を次のように描いている。[加藤康男『謎解き「張作霖爆殺事件」』,p220]

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 ドドッ、ドカーン! ドカーン!

 耳をつんざく轟音とともに、深紅の炎が暁闇を破って噴き上げる。破片と火の粉が降り注ぎ、陸橋一帯は黒煙に包まれた。計2百キログラムの黄色火薬が、張作霖の乗る展望車を直撃したのである。
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 東京裁判は「1928年の張作霖事件から1945年の終戦までの日本国の戦争犯罪を裁く」としており、その発端とされたのが、この爆殺事件だった。事件の経緯を、育鵬社の中学歴史教科書『新しい日本の歴史』はこう説明している。[加藤康男『謎解き「張作霖爆殺事件」』,p206]

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 中国では、辛亥革命のあと、軍閥による地方政権が各地に分立していました。孫文の後を継いだ国民党の蒋介石は、南京に国民政府を樹立しました。そして軍の近代化をはかるとともに、中国の統一をめざし、張作霖が率いる北京政府を打倒する戦いを開始しました(北伐)。・・・

 国民党軍の北京占領を目前にした張作霖は、日本政府の説得で、満州に引き上げようとしましたが、途中、日本軍によって列車を爆破され死亡しました。
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 この記述で理解できないのは、日本政府の説得にしたがって満州に引き上げようとする張作霖を、なぜ日本軍が爆殺しなければならなかったのか、という点である。論理がつながっていない。


これからいよいよ日本の戦争裁判として裁かれた張作霖事件を見ていきます。
実際、この発端だけでは日本軍の仕業とは受け入れられません。

張作霖爆殺事件の謎/かつて日本は美しかった(2011-09-09)
http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20110909/1315571253

1911年の辛亥革命によって支那大陸では清国は消滅し、共和国が出来ましたが、群雄割拠の不安定な状態が続いていました。満州では張作霖軍閥が力を持ち、日本の関東軍が後援していました。

昭和3年(1928年)4月、蒋介石の国民革命軍が北伐(北洋軍閥征伐)を開始し、北京にいる張作霖をターゲットにしました。日本は張作霖の満州への撤退を勧告しました。そして6月4日、張作霖は満州・奉天へ向かう途中、列車が爆破され死亡しました。


加藤康男著『謎解き「張作霖爆殺事件」』より、多くのトピックがその真相に迫りました。
上記の著書は第20回(平成23年)「山本七平賞」奨励賞を受賞されており、選考委員の講評を紹介します。

昭和史研究に投じられた大きな一石/中西輝政(京都大学教授)
 国が、丸ごと歎される、というようなことがあるのか。世界の歴史に照らせば、よくあるのである。
 昭和3(1928)年に起こった「張作霖爆殺事件」は、事件発生当時から、日本政府の中枢では「日本軍の仕業だ」という情報が、それこそゴマンと飛び交い、戦後の東京裁判でも「日本の大陸侵略の始まり」と判定され、以来多くの日本人はそう信じきってきた。それゆえ今日、じつはそこには多くの謎が残されていて再検討の余地がある、と聞くと、逆に首を傾げる人が多いのもわからなくはない。
 しかしじつは、事件当時から国際的には多くの疑問が指摘されていたし、東京裁判の場でも完全な解明は見送られていた。
 少し考えてみれば、「南京大虐殺」と称されてきた事件や「ノモンハン事件」なども、ごく近年まで多くの日本人が完全に歎されてきたわけで、「従軍慰安婦」をめぐる歴史の嘘に人びとが気がついてきたのも、ここ十年ほどのことだ。
 歴史というものは、そう簡単に「確定している」としてはいけないのである。とくに各国が総力を挙げて「歴史の壮大なウソ」を捏造しつづけてきた現代史の分野はそうである。
 元来、「謎解き」こそ歴史家の本来の仕事なのだが、日本の現代史家はなぜか安易に歴史を「確定」したものとして、その「意味づけ」ばかりに集中してきた。つまり、歴史本来の実証を疎かにしてきたのである。本書は、まさにその歴史本来の仕事に取り組み、もう一度白紙から実証を試みる。また日本の昭和史家たちが一貫して度外視してきた外国の有力史料を精力的に渉猟して広汎な国際的視点から、より完璧な実証を試みている。そもそも戦争や外交にかかわる歴史なのだから「相手のあること」であり、関係国の史料が重視されるべきは当然のことなのに、日本の史料だけを偏重する昭和史家の怠慢が放置されてきた。
 本書はこの点でも昭和史研究に大きな一石を投じるものであり、新しい研究の動向として十分奨励に値するものといえる。


最後に、この事件の導入部を著者の言葉より。

正論7月号2011張作霖爆殺の黒幕はコミンテルンだ/近現代史研究家・加藤康男VS評論家・西尾幹二

西尾 主として現場の記録の検証から、張作霖は河本の仕掛けた爆発で死んだのではなく、本当の首謀者は別にいて致命的な爆発物は列車内にあらかじめ仕掛けられていたに相違ないことを説明していただきました。加藤さんの推定はここから、当時の中国の状況を加味して、本当の首謀者探しに向かいます。『謎解き張作霖』で引用された数多くの歴史的事象や証言は、我が国の中国理解や近現代史にとっても重大な意味を持つ話だと思います。

加藤 事件が起きた一九二八年六月当時の中国大陸では、北伐を進めていた蒋介石軍、いわゆる南方軍に大変な勢いがあり、満州・奉天から北京に進出し、北方軍閥の連合軍である安国軍を率いていた張作霧も敗勢でした。張作霧が完全敗北することで、満州にまで国民政府の影響力が及び、またソ連が南下するのを恐れた日本軍の再三の勧告もあって、張作霖は奉天に一旦引き返すことを決断。爆殺事件はこの途中に起こりました。


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