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張作霖事件 巻の2

2012.07.03.18:52

国際派日本人養成講座 No.741 <<作成日:2012/03/25 >> 張作霖爆殺事件の容疑者/ソ連と中国共産党は日本以上に明確な動機を持っていた。より

■2.日本軍の仕業かどうかは未確定

 確かに、日本軍の仕業と思わせる証拠はあった。爆破現場から200mほど離れた所にある日本兵の監視所まで、爆弾点火のための電線が残されていたとか、使用されたのが日本軍以外には使っていない高級な黄色火薬であるとか。さらに首謀者とみられる関東軍参謀の河本大作大佐が、以前から張作霖を除くことを主張していたことも傍証とされている。

 しかし、列車の屋根は吹き飛んでいるが、架台やレールは無傷であり、列車の天井に爆薬が仕掛けられていた可能性も高い。列車の整備は中国側で行っていたので、日本軍はそこまで手が出せない。

 また張作霖を守るために、奉天軍側がその前日に警備の交替を日本側に申し出て、奉天軍兵士50名が警備していたことなど、関東軍の仕業とは言いがたい事実もある。

 したがって、前節の歴史教科書のように「日本軍によって列車を爆破され死亡しました」と断言できるほど、史実として確定されているわけではない。


張作霖爆殺事件の謎/かつて日本は美しかった(2011-09-09)より
http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20110909/1315571253

そもそも河本大佐の犯行説も線路脇の土嚢の中に爆薬を仕掛けたことになっており、そこから200メートル離れた守備隊の監視小屋まで伝導コードを引いて、タイミングを合わせて爆破したとされています。しかし、現場の地面に大きな穴が開いてないし、列車も脱線せず、車輪も車台も破壊されていません。列車の屋根が吹き飛び、上を通る満鉄の欄干に被害が出ています。つまり爆発は列車内の屋根あたりだったということです。また伝導コードが現場に残されていましたが、それはあまりにも間抜けな話であり、事件に関わった東宮大尉の証言と思われるものには「爆発後コーを巻き取った」となっています。それなのにコードが残されていました。

ここで著書そのものをしっかり紹介したいと思います。

謎解き「張作霖爆殺事件」
著者:加藤康男著 《ノンフィクション作家》
内容:河本大作大佐の“首謀犯説”が揺らぐ張作霖爆殺事件。ソ連の諜報機関、息子・張学良の関与の可能性など、新資料から昭和史の闇に迫る!
発売日:2011年05月17日

《解説》
昭和三年六月四日早朝、満州を支配していた奉天派の大元帥・張作霖は、北京から奉天への帰路途上、乗車していた列車が爆破炎上して暗殺された。満州事変のきっかけとなったこの事件は、戦後、本人の自白をもとに関東軍の高級参謀河本大作による犯行との説が定着していたが、近年この定説が覆されようとしている。証拠、証言が多数あった河本犯行説はなぜ破綻したのか? 暗躍するソ連特務機関の影。長男・張学良周辺の不穏な動き。発掘された新資料の数々――真犯人はいったい誰なのか?昭和史の大きな謎に迫る。

《目次》
[第1章]「河本大作首謀説」をめぐって――爆殺計画/現場検証/昭和天皇と田中義一首相 
[第2章]「コミンテルン説」「張学良説」の根拠――クレムリンの極秘ファイル/張学良の謀略
[第3章]謎の解明・「河本首謀説」の絶対矛盾――関東軍爆破の疑問/昭和史の闇に決着


今はまだ「現場検証」の段階ですが、現場の実態からして謎だらけであり、実証はされていません。
もう一押し、この実正に迫りましょう。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成23年(2011)6月4日通巻第3340号   
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ◎書評 ブックレビュー しょひょう BOOKREVIEW 書評◎
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
河本大作は利用されたのであり、背後にはコミンテルンの謀略
 張学良は父親殺しがばれないよう爆破実行犯を闇に葬っていた
  ♪
加藤康男『謎解き 張作霖爆殺事件』(PHP新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
 待望された本がでた。
 張作霖暗殺の真犯人は誰か? ミステリー仕立ての歴史クイズのような題名だが、中身は資料の検証と徹底研究。この著作の出現で張作霖暗殺のこれまでの解釈が大きな間違いであることを読書人は知らされる。
 とくに『歴史探偵』を自称する無知暴走の半藤一利とか、ミクロにこだわって大局観のない秦某、保坂某らはグーの音も出なくなるだろう。いや、かれらはこの本を無視して黙(だんま)りを決め込むだろう。
 それほど決定的なのである。
 河本大作が張作霖爆殺の『真犯人』というのは、本人が拡声器のように吹聴し、手柄にしたからで、戦後もそれが一人歩きした。事件後、河本はひそかに英雄視され、軍法会議にもかけられず、遺族も信じ切った。かつ河本は山西省に石炭企業の幹部として戦後も居残り、ついにはシナの捕虜となったが東京裁判への出廷はなかった。供述調書には曖昧な点が多く、また矛盾しているため連合国側もまずい、と判断したからだろう。
 ざっとおさらいをしておこう。

 瀋陽駅の手前一キロの地点、満鉄と交差する要衝で、張作霖の乗った特別列車は爆破され、貴賓室、食堂車装備の車両の天井が大破したが、河本らがしかけたと主張する線路脇の壁であるとすれば、レール路に大穴があいたはずである。
残された現場写真は、無惨に天井が吹き飛んだ張作霖の乗った列車がさらされているが、レール路に穴はあいておらず、ちょうど満鉄とクロスする満鉄側のレールが下へおちている。
 だから現場を精密に観察し、見取り図をのこした日本領事館の内田五郎領事は次の報告書をまとめていた。
「爆薬は橋上地下または地面に装置したものとは思われず、結局爆薬は第八十号展望車後方部ないし食堂車前部付近の車内上部か、または橋脚と石崖との間の空隙箇所に装置せるものと認めたり」(昭和三年六月二十一日付け)。
 
つまり、河本らの仕掛けた爆弾は破壊力が散漫で、かつ誘発爆発だった可能性がある、と著者は示唆する。
しかも列車は意図的に速度10キロに落とされていた。
このことを当時の日本領事館が克明に報告書にしていた。にもかかわらず半藤某、秦某、保坂某は、この「都合の悪い歴史的資料」を一切無視した。


「山本七平賞」奨励賞選考委員の講評も併せて紹介します。

定説を疑うに足るだけの状況証拠/山折哲雄(宗教学者)
 張作霖が爆殺されたのは昭和3年、現場は奉天駅近くの鉄路だった。下手人が関東軍参謀河本大作らとされ、それが導火線となって、昭和6年に「満州事変」が勃発、日中戦争へとなだれ込んでいく。
 当事、中国大陸は国民党軍と共産党軍が戦う内戦の時期で、張作霖は中国軍閥の一方の雄として成長し、満州全域を支配下に置くようになっていた。関東軍は、その張を操って満州進出を策動するが、政府は不拡大方針をとっていた。爆殺事件が、その間隙を縫うようにして発生している。
 これまで事件の全容は、関東軍首脳の関与が指摘され、とりわけ河本参謀の主導に基づいて実行されたといわれてきたが、その定説に疑義を提出し、新資料を繰り出して隠された謎の解明を試みようとしたのが本書である。
 爆殺現場の検証を通して河本犯行説の矛盾を突き、クレムリンの極秘ファイルなどの新証拠を使って、コミンテルンが関与していた背景を描き出そうとしている。ただ、著者もいうとおり、決定的な一次資料を提示するまでには至っていない。だが、関東軍参謀河本による単独謀略説を疑うに足るだけの状況証拠はそろっているといっていい。「ソ連」による謀略の可能性の高いことを示唆しているのである。
 私はふと、あの真珠湾攻撃を、時の米国大統領ルーズベルトが知っていて、そのときのくるのを待っていたという説があったことを思い出した。やはり謎は謎として、そのまま残しておいたほうがよいのかもしれない。


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