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張作霖事件 巻の3

2012.07.03.19:27

国際派日本人養成講座 No.741 <<作成日:2012/03/25 >> 張作霖爆殺事件の容疑者/ソ連と中国共産党は日本以上に明確な動機を持っていた。より

■3.他にも動機を持った容疑者がいる

 本稿では、この事件の事実関係よりも、その陰にある興味深いポイントを一つだけ見ておきたい。それは当時も、また現在も、犯行を日本軍の仕業と決めつけて、他国の謀略の可能性を疑う姿勢が少ないことである。

 当時の日本政府も軍当局も、関東軍の仕業と信じて、なんとかうやむやに問題を収束させようとしたのだが、イギリスの情報機関は、こうした日本政府の態度を奇異に感じていた。

 事件のほぼ一ヶ月後の7月3日、北京駐在公使ランプソンは本国のチェンバレン外相あてに次のような公電を打っている。[加藤康男『謎解き「張作霖爆殺事件」』,p149]

__________
(殺意を抱く者は)ソヴィエトのエージェント、蒋介石の国民党軍、張作霖の背信的な部下など多岐にわたる。日本軍を含めた少なくとも四つの可能性がある。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 それにも関わらず、日本政府の対応は以下のような奇異なものであったと報告されている。

__________
 1929年2月に日本の国会で、この問題についてさんざん質問攻めにあったにもかかわらず、首相も陸相も日本の無実を示す証拠を出さなかったし、無実を主張することもしなかった。[加藤康男『謎解き「張作霖爆殺事件」』,p151]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 何事も、まずは自らの襟を正そうとするのは日本人の美徳であるが、陰謀の渦巻く国際社会では、この美徳一本槍では、やっていけない。


この謀略の容疑者を、著者自らに証言していただきます。

正論7月号2011張作霖爆殺の黒幕はコミンテルンだ/近現代史研究家・加藤康男VS評論家・西尾幹二/驚愕!「父親殺し」だった可能性も

西尾 この時、張作霖に対して殺意を抱いていた、あるいは排除しようと思っていた勢力なり集団は四つあって、①河本たち日本軍、②蒋介石軍のほかに、③ソ運、そして④謀反を考えていた張作霖配下のグループを挙げていますね。

加藤 ソ連については、『正論』二〇〇六年四月号に掲載された『GRU帝国』の著書、プロホロフのインタビューでも詳しく紹介されています。張作霖とソ連は一九二四年以降、中国東北鉄道(中東鉄道)を共同運営していましたが、張作霖軍側の代金未払いなどをめぐって衝突します。さらに張作森の反共姿勢もあって、ソ連は一九二六年に張作霖の暗殺を計画、奉天の張作霖の宮殿に地雷を施設して爆殺しようとしましたが、事前に発覚して未遂に終わりました。

 張作霧はこの事件で反共姿勢を強め、翌二七年に北京のソ連総領事館を捜索し、工作員リストや大量の武器、破壊工作や中国共産党に対する指示文書などを押収します。大量の中共党員を逮捕し、党創設メンバーも銃殺しました。さらに一九二八年に入って反ソ反共の満州共和国創設を日本と協議したことから、スターリンが再び暗殺を決めたーこれが、プロホロフのいうソ連の張作霧排除の動機です。

 実際、当時の田中義一首相は共産主義革命後のソ連の脅威を感じ始めていて、防共の砦として張作霖を使い、当面はそれで満州は安泰になると考えていたはずです。

西尾 しかし、河本や二葉会の幕僚たちには張作霖排除の意識があった。張作霖は日本軍の統率に従わなかったのがその理由とされていますが、満州の民衆に苛斂誅求の税を課し、通貨を乱発して経済も撹乱していた。私が読んだ長与善郎という作家の『少年満州読本』(昭和十三、新潮杜)にも、当時の満州人も日本人も張作霧を相当僧々しく思っていたことがよく描かれています。
 最後に④の張作霖に対して謀反、背信を考えていた配下のグループですが、加藤さんが名前を挙げたのが、驚くことに長男の張学良です。


正論インタビューの要約を併せて記載いたします。

張作霖爆殺「ソ連が実行」 露の歴史家 友好こじれ…一度は失敗(「産経新聞」06/02/28)
 関東軍によって一九二八年六月四日、中国北部の奉天(現在の瀋陽)郊外で爆殺されたとされる奉天派軍閥の大元帥、張作霖。しかし、真相は、その反ソ連的姿勢に重大な脅威を抱いたソ連特務機関が手を下し、関東軍の仕業に見せかけた-。
 ソ連・ロシア特務機関の活動を専門とする歴史家、ドミトリー・プロホロフ氏はこのほど、本紙にそう語った。「日本による中国侵略の第一歩」とされる張作霖爆殺事件の“真犯人”はソ連なのか。だとすれば歴史を書き換えることになるだけに事件をめぐる議論は今後、活発になりそうだ。(サンクトペテルブルク 内藤泰朗)
 プロホロフ氏は、旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン大統領のおひざ元である古都サンクトペテルブルクで、ソ連崩壊を機に同国の特務機関について執筆を開始。これまでに十冊以上の専門書を著した。
 同氏によると、日本の支援で中国北部の満州を支配した張作霖は二四年九月、武器援助などで中国に影響力拡大を図るソ連政府と「中国東北鉄道条約」を締結し、友好関係を結んだ。しかし、張作霖軍の鉄道代未払い額が二五年末に千四百万ルーブルに達し、ソ連側が抗議、鉄道使用禁止を通達すると、同軍はソ連鉄道監督官を逮捕し、事実上、実効支配。ソ連側はその反ソ連的な姿勢に加え、ソ連が支援した国民党の軍事作戦の相次ぐ失敗にいらだちを募らせ「張作霖暗殺」を決めた。
 しかし、計画を未然に察知した張作霖側が二六年九月、暗殺命令を受けたソ連軍特務機関の工作員らを逮捕。暗殺は失敗した。ところが、ソ連側は、張作霖が二八年、反共・反ソの満州共和国創設を日本政府と協議し始めたために、暗殺計画を再度立案。実行責任者には、後にメキシコに国外逃亡した独裁者スターリンのライバル、トロツキーの暗殺にも深く関与した合同国家保安部諜報(ちょうほう)員、ナウム・エイチンゴンらを任命した。
 張作霖を乗せた北京発奉天行き特別列車が同年六月四日、奉天郊外に差し掛かったとき、大爆発が起き、重傷を負った張作霖は十数時間後に死亡。事件は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で関東軍元幹部が犯行を認める証言を行い、「日本の犯行」となった。
 しかし、プロホロフ氏は「その幹部は戦後、ソ連に抑留され、ソ連国家保安省が準備した内容の証言をさせられた。日本が張作霖を暗殺しなければならない理由はなく、ソ連が実行した」と指摘した。


正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現/森本敏の張作霖爆殺に反論・反日左翼の森本敏が産経新聞【正論】欄で田母神論文を批判・真相は河本大佐らソ連特務機関GRUの工作員が暗殺を実行し敢えて自分らの犯行示す物証や証言
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/?mode=m&no=1928
―――――
張作霖は1924年9月20日に、ソ連と「奉ソ協定」を締結し、東支鉄道(東清鉄道、中東鉄路)の共同経営を行った。
しかし、張作霖軍は鉄道使用代金の未払いを続け、その額が膨らんでいた。
1926年1月、ソ連がこれに抗議して、鉄道の使用禁止を通達すると、張作霖軍はこれに反発し、鉄道を実力で占拠して、同年9月には実権を握った。

こうした張作霖の反ソ的な姿勢に対し、スターリンのソ連政府は、張作霖の暗殺を、軍特務機関のフリストフォル・サルヌイン(サルーニン)に命じた。
サルヌインは暗殺計画を立案し、ソ連特務機関GRUのレオニード・ブルラコフが協力した。
一回目の張作霖暗殺計画は1926年9月末の奉天の張作霖の宮殿での音楽会を目標に企てられた。
しかしこれは張作霖の特務機関が察知、爆発物は押収され、未遂に終わる。
張作霖は、ブルラコフら3人を逮捕。

その後、張作霖は、モスクワに対してあからさまな敵対的行動に出た。
1927年4月には、北京のソ連総領事館に強制捜査を行い、暗号表や工作員リスト、モスクワからの指示書等を押収した。
張作霖は、支那共産党に対しても、共産党員を多数逮捕するなど、共産主義に対する弾圧を行った。
また、亡命ロシア人や土匪部隊を仕向けて、ソ連領を侵犯させるなどした。

その一方、張作霖は、1928年、日本側と交渉を始め、日本政府の支持を得て、満州に反共・反ソの独立した満洲共和国を創設しようと画策した。
この動きは、ソ連合同国家保安部の諜報員、ナウム・エイチンゴン(エイティンゴン)がモスクワに知らせた。
クレムリンには、日本と張作霖の交渉は、ソ連の極東方面の国境に対する直接的な脅威と映った。
スターリンは再び、張作霖の暗殺を実行に移す決定を下し、命令した。
暗殺計画の立案とその実行には、クレムリンに報告をあげたエイチンゴンと、1回目の暗殺計画を任命されたが失敗したサルヌインが任命された。
(1927-28年当時、GRUの支那における活動の中心は上海にあり、組織には表の合法機関とは別に、非合法の諜報組織があり、1927年に着任したサルヌインが非合法諜報組織の長をしていた。)
サルヌインは、上海で非合法工作員のとりまとめ役をしていたが、満洲においても多数の工作員を抱えていた。
張作霖暗殺の疑惑を、日本に向けることが重要だった。

1928年6月4日夜、張作霖が北京から奉天に向かう列車は、奉天郊外で爆破された。
重症を負った張は、その後、死亡した。

東京裁判では、元陸軍省兵務局長の田中隆吉が、「河本大佐の計画で実行された」「爆破を行ったのは、京城工兵第20連隊の一部の将校と下士官十数名」「使った爆薬は、工兵隊のダイナマイト200個」などと証言した。

しかし、日本では、東京裁判後、日本には張作霖を暗殺する理由がまったくなく、暗殺には関与していないという声があがった。

1990年代初め、ソ連の最高機密資料に接しうる立場の元特務機関幹部で歴史家のドミトリー・ボルゴヌフ氏は、ロシア紙のインタビューの中で、ロシア革命の指導者の一人、トロツキーの死因を調べている際に、偶然、張作霖がソ連軍諜報局によって暗殺された資料を見つけたという。
メキシコでのトロツキー暗殺に関与していたのはエイチンゴンだった。
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