〈「南京大虐殺」「戦後補償」……日本人が踏まえるべき「事実」は何か〉を読む(1)

2012.07.06.17:41

「南京大虐殺」「戦後補償」……日本人が踏まえるべき「事実」は何か
「南京大虐殺」説に根拠なし

〈『明日への選択』平成18年5月号〉
http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=80

「三十万」も「市民虐殺」もかくも根拠のない主張でしかない。しかも、それを否定する証拠は数多く存在する。
 靖国問題や教科書問題など中国・韓国との歴史摩擦を巡って、彼らがそれを日本の国際的立場を弱めるための対日外交戦略の一環として利用してきたこと、にもかかわらず、それに対応できない日本外交の弱腰ぶりについて、本誌では何度も取り上げてきた。

 ただ、最近は中・韓歴史教科書のあまりにもひどい偏向ぶりが浸透し、徐々にではあるが、日本人の間にも冷静に歴史摩擦に対処しうる素地が出来つつあるようにも思える。例えば、これは北朝鮮のケースではあるが、日朝協議において「強制連行八四〇万人」「従軍慰安婦二〇万」を持ち出したが、日本ではほとんど見向きもされなかった。

 とは言え、中韓の主張のどこがウソなのか、なぜ間違っているのか、いかなる事実をもってそのウソを立証するのかとなると、十全に答えられる人が少ないというのも現状ではなかろうか。

 一例を挙げれば、南京事件について、中国が主張する「三十万大虐殺」説を信じている日本人はごく少数だろう。しかし、彼らが主張している「三十万」とは一体どんなものなのか、また、「三十万」のどこが根本的に間違っているのか、さらには中国の主張を否定する根拠は何か、と一歩踏み込んで聞かれると答えに詰まってしまうというのが現状ではあるまいか。つまり、中韓や北朝鮮の主張はおかしいという認識は広がりつつあるが、一方、そうした中韓批判の前提となる基本的事実についてはまだまだ浸透不足ではないかと思えるのである。

 今後も中韓との歴史摩擦は続くだろうが、それが終わるのは、日本人がそれに有効な反論を行い、外交カードとして意味をなさなくなった時でしかない。その意味で、歴史摩擦を巡る局面は、中韓批判に加えて、日本の中で個別の歴史問題において基本的事実がいかに広く踏まえられ、議論がなされるかという点に移りつつあると言えよう。

 今回は、そうした意味を踏まえて、「南京大虐殺」といわれる問題、そして日本の戦後補償、この二つの問題をとりあげ、踏まえるべき基本的事実とは何かを整理してみた。


これは楽しみです!

 いわゆる「南京大虐殺」とは、南京攻略戦が終わった直後の一九三七年十二月十三日以降の六週間、日本軍が中国の一般市民や捕虜を大量に殺害し、強姦、放火、略奪などの蛮行を行ったとされる事件である。

この事件について中国政府が、「三十万大虐殺」を公式見解とした上で、「日本の侵略者は至るところで家を焼き、人を殺し、強姦し、略奪し、悪事の限りを尽くした。日本軍は南京を占領したあと、南京市民に対し血なまぐさい大虐殺を行い、覆いようのない大罪を犯した……」(『中国歴史』)などと子供たちに教え込んでいるのは周知の通りだ。そればかりか中国は、数多くの歴史記念館や国連などの場を利用して「三十万大虐殺」の対外発信にも努めている。

 もちろん、中国が主張する「三十万大虐殺」説は、東京裁判でさえ認めなかった主張であり、今や日本人の研究者でこれを支持する者はほぼ皆無といってよい。

 にもかかわらず、例えばわが国の高校生用の歴史教科書の中には、未だに「三十万大虐殺」説を紹介しているものが散見される。また、世界的ベストセラーとなったユン・チアン著『マオ』の中にも、「南京大虐殺」について「推定で三〇万人近い中国の民間人や捕虜が日本軍によって虐殺された」という中国の公式見解を鵜呑みにした記述がある。

このようにして、今もなお「三十万大虐殺」説は日本の内外に根を張りつづけているわけだ。このままでは中国が主張する「南京大虐殺」が既成事実として世界中に広がってしまうことが非常に危惧される。


属に中国と言われる国は孔子の時代から、真実よりも家族の名誉を立てろと云われ、真実に近づかない国でした。
そうは言っても人間が月日を数えて21世紀、真実の意味は中国民にも伝わってきています。

<レコチャ広場>中国人が南京大虐殺をどう歪曲しているのか、とくと見てみよう―中国(2012年3月3日)
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=59266&type=

2012年3月2日、中国のジャーナリスト、王錦思(ワン・ジンスー)氏は「中国人が南京大虐殺をどのように歪曲しているのか、とくと見てみよう」と題した記事を中国のブログサイトに掲載した。以下はその内容。
河村たかし名古屋市長が堂々と「南京事件はなかったのではないか」と発言し、中国各界から怒りと抗議が噴出している。だが、実は中国人自らが南京大虐殺を歪曲していることは、ずっと見過ごされてきた。まずはこうしたやり方を直さなければ、われわれが日本人を責め立てることはできない。
新中国成立後、最初に南京に建てられたのは、蒋介石に処刑された20万人の共産党員を祀る「雨花台烈士記念館」だ。南京大虐殺記念館が建てられるのは、その30年後になる。いわゆる「文化大革命」の時代には国民党に虐殺された革命烈士への追悼がブームだった。
当時、中国人は広島の原爆犠牲者に祈りを捧げに行ったが、誰も南京大虐殺の犠牲者を弔おうとはしなかった。紅衛兵は「南京大虐殺は『国民党を殺した』もの」だと言い、遺跡を破壊し尽くした。学術界でも、南京大虐殺の研究はタブーだった。そんな中、立ち上がったのが南京大学歴史学部の高興祖(ガオ・シンズー)教授だ。
1972年、鈴木明氏が「『南京大虐殺』のまぼろし」などの文章を発表。1982年6月、文部省が教科書の記述を改めさせる。これに刺激を受け、中国の学者たちがようやく南京大虐殺研究を正式に申し出た。1983年、南京大虐殺記念館の建設案が浮上、1985年に完成。
だが、初期の研究は民族感情が入り込み過ぎていて、とても研究と呼べるものではなく、「民衆に偏った歴史観を植え付けることになる」と警鐘を鳴らす学者もいた。2007年、台湾の教科書から「南京大虐殺」の文字が消える。
中国人は、侵略行為を否定する日本に対し、常に感情論で反撃してきた。例えば、日本人が犠牲者の数を30万ではなく20万ではないかと問えば、「30万より少なければ、虐殺がなかったというのか?」「1人でも殺していれば殺人だ」などと巧妙に回答をはぐらかす。
だが、戦後間もないころ、日本の戦犯の公判でレイプされた女性が出廷した時には傍聴席から笑い声さえ聞こえてきた。南京大虐殺をテーマにした映画を放映した時には観客から「看護士がレイプされるシーンが短すぎる、肌の露出も少ない」と苦情が上がったほどだ。
1985年~1997年、南京大虐殺記念館の参観者は延べ580万人、日本人は延べ18万人に上った。なので、日本人が南京大虐殺を全く知らないという言い方は誤りである。2002年、筆者が記念館に向かう途中に乗ったタクシーで、地元の運転手は「あの時30万人殺してもらってよかった。そうでなければ、今の南京はもっと人が多かった」と言っていた。
日本の旧軍人や中高生が記念館でひざまずいて大泣きする姿をしばしば見かけるが、中国人がそうしているのをあまり見たことがない。泣けないのであれば、せめて笑うべきではないと思うのだが、中国人の参観者が笑っているのを見たのは1度だけではない。
広島には「被爆者白書」があり、犠牲者の数も25万3008人と正確な数字が出ているが、南京大虐殺で名前が分かっている犠牲者は3000人ほどしかいない。広島は1946年から毎年8月6日に追悼式典を行っているが、南京で追悼式典が始まったのは1985年。広島には毎年首相が出席しているが、南京では市長さえも毎年来るか来ないかといった感じだ。
2001年12月13日、筆者は南京の追悼式典に出席したが、他の参列者はまるで縁日にでも来ているかのようにガヤガヤとうるさく、悲しみなど微塵も感じなかった。そこにいる全員が涙を流す必要もないが、せめて静粛にできなかったのか。筆者はその後、2度と記念館には行っていない。行くなら雨花台と決めている。
無数の血や涙が流れた南京にも平和が戻ってきた。そして、彼らは日本語を学び、日本資本を受け入れ、世界に向かって突き進んでいる。(翻訳・編集/NN)
●王錦思(ワン・ジンスー)
吉林省出身、北京在住のジャーナリスト。北京大学でメディア学を専攻。日中歴史問題や抗日戦争史を研究課題としている。著書に「日本行、中国更行」。11年3月に日本で「中国『反日』活動家の証言」を出版。


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