GHQ焚書図書開封(10)「征野千里」7:演習と違わぬ感じ

2013.08.29.15:14

■捕虜を殺さぬ皇軍の情

◆演習と違わぬ感じ
 
 一面の野菜畑だった。白菜や人参などが水々しい青さで炎熱の直射に照り映えていた。野菜畑を進むと永定河の長い土手がある。土手には野いばらが一杯生えていてゲートルに虫のように喰いついた。
 土手にたどりついてここで携帯してきた飯盒をおろして飯を喰った。野砲が盛んに対岸の敵陣地に射ち込んでいたし、友軍の飛行機がひっきりなしに飛んできて対岸を爆撃していた。にもかかわらず土手からちょっと頭を出すと対岸からダダ―ンと飛んで来る。この中へ飛び出すのか、とチラと考えてみないではいられなかった。

 石原上等兵が元気な声を出して伝令に飛び廻っている。午後三時三十分! 部隊は一斉に土手から永定河の中へ飛び出して行った。
 土手を下りると、広い砂地が海岸のように広がって、そこを演習どおりに散開して進むと、対岸の土手から機銃弾が薙ぐように飛んで来た。その弾幕の中に飛び込んでいった瞬間、もう弾というものを考えなくなってしまった。「こりァ演習とちょっとも違わんじゃないか」と思ったりする。
 砂地を走り抜けると水が激しい勢いで流れていてズボズボと腰から胸までつかった。河底は泥になっていてちょっとも足に力が入らない。左足を踏み出すと右足がズボズボと泥の中へ入る。慌てて手をつこうとすると顔まで水の中へつかってしまった。一人流れそうになるのを助けるとこんどはその重みで自分が流れそうになる。すると助けられた戦友が、慌てて自分を助けてくれる。一つにかたまっては敵に射たれると焦るが、どうしても散開することができない。助け、助け合って四、五人が転がるようにしながら水を渡った。・・・・

「衛生兵!」と喘ぐように呼ぶ。「通訳だ、通訳がやられた」「なにッ通訳が?」と石原上等兵が憤って叫んだ。「隣の○隊の通訳だ!」と、叫び返してくる。ムカムカと腹の底から憤りが湧き上がって来た。「畜生! ここで目茶苦茶に敵をやっつけて死んでやろう」と思ってくる。
 焦ると足はますます泥にとられて進めない。喘ぎ喘いで高粱と泥の中を転げるようにして漸く土手にとりつくと、上から手榴弾が飛び、この下をかいくぐって土手に上ると、支那兵の死体につまづいてゴロゴロと土手の下へ転がり落ちた。もうなにも考えなかった。ただ訳もなくじいっとしていられなかった。もっとなにかしたかった。突き殺すとか、射つとか、走り廻るとか――すでに、とっくの昔に、あれほど考えていた「弾は私の体の何処へ当るだろうか」はすっかり忘れていた。


敵110師の捕虜
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