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「南京虐殺」はホロコーストではない D.M.ケネディ(4)米歴史学者が信じた偽写真

2014.09.02.05:44

俗説に加えてセンセーショナル
血なまぐさく、ぞっとするような話を好む読者は、この本(『ザ・レイプ・オブ・南京』)に決して失望すまい。

著者はあからさまな残虐行為の多くを堪え難いほどの詳細さで描写しており、グロテスクな光景を言葉だけでは表現出来ない一連の写真を掲載することで、記述を補足している。-著者が引用する証拠の数々が、日本軍の振る舞いに対する決定的な告発であることに疑いの余地は無い。

「ザ・レイプ・オブ・南京」が引用する証拠写真に疑いの余地がないものとして、この論文は続いていきます。
書籍やネットでも見られるように、これらの写真は偽物の羅列なのです。

チャン氏の著作に"歴史の偽造" 東中野修道亜細亜大学教授 産経新聞平成10(1998)年4月8日
今、全米で話題になっているというアイリス・チャン「南京の強姦-第二次世界大戦の忘れられた大虐殺」を米国から取り寄せ、読んでみた。読んでみて多くの疑問を覚えた。ここにその疑問のほんの一端を記したい。


まず、基本的な史実に誤りが実に多い。
例えば、昭和12年12月13日の南京陥落が12日夕方の陥落と記されている、などなどである。次に、南京の人口は国際委員会委員長ラーベが記したように、陥落時20万であった。虐殺があったならば、人口が減少するはずだが、翌年1月には25万人に膨張する。ところがアイリス・チャン氏はこれを無視して、26万人から35万人が虐殺されたと主張する。数字からしても、おかしい。

そして「いつ、写したどこで、だれがのか」全く不明の写真が数多く収録されている。
その中の1つに戦車が火炎放射器で民家を焼いている写真があり、「虐殺の間、南京の3分の1が放火で破壊された」と写真説明が続く。この写真の戦車は調べてみると「97式軽装甲車」と判明した。97式軽装甲車は昭和12年(皇紀2597年)に型式が制定されたが、生産開始は早くて翌年以降であった。従って、昭和12年、南京に97式軽装甲車があるはずもなく、しかも97式軽装甲車には火炎放射器は装備されていなかった

 

一事が万事です。
歴史検証本とするのであれば写真一枚の真偽さえ問題となります。
よくテレビの情報番組でやっているイメージ映像扱いならば、これほど罪深いことはありません。
この尻馬に英国の歴史学者が乗っている?だけの話では留まりません。
ある意味、一国家を国際社会の中で貶めたのですから。
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