アメリカ人の「南京虐殺の目撃証人」は一人もいなかった(7)スマイスが12月13日に出会った中国軍敗残兵

2014.09.12.23:00

アメリカ人の「南京虐殺の目撃証人」は一人もいなかった
松 村 俊 夫

-12月13日午前中の静かな安全区が、日本軍の入城によってどのように変化したかを書いているスマイスの手紙に戻ることにする。国際委員会のオフィスに一旦戻ったスマイスは、昼食のために平倉巷にあった宿舎に出かける途中で、初めて日本軍と遭遇した。ときのことを12月20日付家族への手紙で、次のように手紙に書いている。

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(12月13日、月曜朝)家(宿舎)へ戻る途中、(午後)1時に日本兵が漢中路に到達しているのを見付けた。我々は車でそこへ行き約6名の小さな分遣隊に会った。それが最初だったが最後ではなかったのだ。上海路と漢中路の交差する角で、彼等はバスを調べたが、人々を傷つけることはなかった。(255頁)
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昼食後、スマイスは国際委員会の委員長であるドイツ人のラーベと通訳としての白系ロシア人コーラと共に、日本軍の高級司令官に以下の三つのことを伝えるべく出かけた。

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安全区。
新しい赤十字委員会。
安全区に入った武装解除された兵がいるという事実のこと。(255頁)
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このうちの赤十字委員会とは国際委員会が中国軍負傷兵のための病院を設置しようと、マギーを委員長として作ったものである。

ここでは3番目のことについて説明する前に、この文書を日本軍に渡した時の様子を見ることにする。そこは新街口に近い漢中路でのことだった。スマイスの同じ手紙でこう書かれている。

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(12月13日、月曜朝)確かに、約百人の先遣隊が道路の南側に腰を下ろしており、その反対側では沢山の支那人の群集が彼等を眺めていた。私達は将校に対して安全区を説明し、彼の南京の地図にそれを書き入れた(彼の地図には安全区は示されていなかった)。彼は日本兵を攻撃する者がいない限り病院は大丈夫だと言った。武装解除された兵については、彼は何も言うことが出来なかった。(256頁)
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このように、スマイスが家族に書いている通り、本当の目撃証人は、入城した日本軍が、民衆に対して全く悪意がないことを感じとった人々に囲まれていたことを報じている。同じ目撃証人であっても、アイリス・チャンが書いている目撃証人は正反対の証言をしている-。彼女の文章は、前掲したベイツのメモから拝借したに過ぎなかったことがわかる。

アイリス・チャンは、このときの日本軍を戦車、大砲とトラックと書いて、いかにも大部隊が侵入したように描写している。スマイスの記述からして明かに本当ではなかった。

さて、武装解除された兵について説明しよう。それには、12月14日に国際委員会から日本軍に渡された手紙を読むとよい。

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昨日午後、多数の支那兵が市の北部に追いつめられたとき、予期せぬ事態が起きた。何人かの兵が我々の事務所に来て、人道の名のもとに嘆願してきたので、彼等を助命したのである。我々の委員会の代表が貴司令部を見つけるべく試みたが、漢中路にいた大尉のところから先へ行くことは出来なかった。そこで我々はこれらの兵士をすべて武装解除し、安全区内の建物に収容した。我々は彼等が望む平和な市民生活に戻ることが出来るように貴軍の慈悲深い許可をお願いする。(”Documents of the NankingSafety Zone” 第1号文書)
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このように委員会が武装解除したのは日本軍に降伏した兵士ではなかったから、国際法上は日本軍の捕虜とはいえないことがわかっていたので特に慈悲深い解放という処置を期待した。この点も重要なポイントである。

また、ここには人数の明記がない。再びスマイスの12月20日付の手紙を参照する。それは彼が新街口で100人の日本軍に会ったあと、委員会本部へ戻る途中のことである。

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(12月13日、月曜朝)中山路には、敗走した兵達の武器が散乱していた。山西路サークルに近くなったとき、或る光景に驚かされた。さまざまな衣服を着て自動車を取り囲んだ群集が、角を曲がってやってきたのである。それは、車に乗ったリッグスが、武装解除した兵達のグループを法学院に連れてゆくところであることがすぐ分かった。彼等は自動車を包むようにしていた! サークルでは、武装した一隊にも会った。我々は武器を捨てるように彼等に言ったところ、何人かはそれに従った。午後4時頃、国際委員会の本部では、スパーリング(ドイツ民間人)と他の人々が 群集の武装解除をしていた。この場所は、武器庫のようになっていた。彼等は、近くの警察本部に行進して行った。凡そ全部で1,300人の彼等の中には、まだ軍服を着ている者も何人かいた。(256頁)
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以上のように、12月13日に安全区を動き回っていたスマイスの関心は敗残兵の問題であった。


日本軍による中国人への殺害も、略奪や強姦などの残虐行為も全く目撃したことはなかったので、それについては何も触れられていないのである。

http://hassin.org/01/wp-content/uploads/NO-AMERICAN-J.pdf

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