アメリカ人の「南京虐殺の目撃証人」は一人もいなかった(9)14日のスマイスの手紙に虐待はなし

2014.09.12.23:23

アメリカ人の「南京虐殺の目撃証人」は一人もいなかった
松 村 俊 夫

-ここから、12月14日の南京の様子を、スマイス、フォースター、マギーの3人のアメリカ人の手紙から更に詳しく調べることにする。-前掲した12月14日付の日本軍司令官に宛てた手紙を持って、スマイスはラーベとフォースターと共に先ず日本の外交官に会った。12月20日付家族への手紙に次のように書いている。

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(12月14日水曜日、朝)我々は新街口の福田のもとへ走った。彼は日本大使館員である。彼は我々を中央飯店の将校に会わせた。我々は割れたガラスと砂の上を通って寝室へ行ったところ、将校は半分服を着ただけで、あごひげを生やした表情のない顔つきで我々と会った。彼は上官の将校はまだ来ていないと答えただけだった。彼等は南京を陥すのに大きな犠牲を払ったし、支那軍が民衆を撃ったのだと言った。そうだったのか! これらの日本人は自分自身の宣伝を信じている。(258頁)
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このときスマイスは、日本側から支那軍が支那人を殺したと聞かされて、西欧人の常識外のこととして非常に驚き、そんな話は日本軍のプロパガンダと思ったようだ。しかし、既に前掲したアイリス・チャンの文章を読んだ読者は、これを事実あった混乱であると受けとめるだろう。このとき将校に渡された手紙は、前述した通り(第1号文書)、国際委員会が武装解除した敗残兵に対する寛大な措置を願う内容だった。このあと、3人は安全区外の商業地域を廻ったが、勿論難民の姿はなかった。-ここでは彼等が会った敗残兵についてのスマイスの手紙の続きを記すことにする。

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我々が戻ってくる時、我々の家のすぐ近くで、漢口路を50人が縛られて連行されてゆくのを見た。我々は兵達と論争した。最後にフォースターが彼等のところに留まった。私はラーベと会いに引き返し、首都飯店に出かけた。そこへ着いたとき、将校は忙しくて会えなかったので新街口に行ったが、将校は興味を示さなかった。中山路に引き返したとき、この人々はS.C.S.銀行から横切って漢口路の角に着いていた。我々が更に議論しているとき、1人の将校が車でやってきて止まった。彼は再び私たちを新街口についたばかりの他の将校のところへ連れて行った。しかし彼は、司令官が来る明日まで待てと言った。我々はこれらのすべての人々に、日本語で書いた我々の手紙を見せて、安全区、武装解除された兵隊、そして赤十字について説明した。日本軍が見たすべての人々は武装解除された兵達だった!(258頁)
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スマイスがここでわざわざ「武装解除された兵士」と書いているのは、この50人は市民の服を着て逃げようとしていた兵士だったことを意味している。スマイス等が、敗残兵の先行きについて心配する心情は理解するが、2国の軍事上の争いの上での処理について、外交権すら持たない私的機関が介入することは、国際慣習としても出来ないことである。本来は戦争捕虜ではなく、外国人によって武装解除された敗残兵であるので、その処置に対するこのような申し入れは日本軍に無視されても仕方がないことである。

それよりも、この文面で重要なことは、スマイスの目には虐待されている難民の姿は全く見えていないということである。もし、難民虐待が行われていれば、敗残兵よりもそちらへの関心が先行し、記述に出てこないとどうみてもおかしいからである。


ベイツは、「13日夜から14日にかけて度重なる殺人などが、歩き廻っていた外国人によって観察された」と書いているが、いったいどの外国人が観察したと言うのか。全くの悪質なプロパガンダにすぎない。

http://hassin.org/01/wp-content/uploads/NO-AMERICAN-J.pdf

新街口の福田とは、、福田篤泰外務省事務官の事です。

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福田篤泰外務省事務官。後に吉田茂首相秘書官、衆議院議員、防衛庁長官、郵政大臣などを歴任。田中正明氏のインタビューに次のように答えている。

「当時僕は役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所に出かけた。出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。『今どこどこで日本の兵隊が15,6の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団で押し入りものをかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父(筆者注:福田氏の勘違いで実際には委員会の事務局長を務めていたスマイス)とかフィッチなど3,4人が僕の目の前で、どんどんタイプしているのだ。『ちょっと待ってくれ。君たち検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時に私は彼らを連れて強姦や略奪の現場に駆けつけてみると何もない。住んでいるものもいない。そんな形跡もない。そういうことも幾度かあった。」(『南京事件の総括』(田中正明、謙光社)p、171)
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