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GHQ焚書図書開封(16)「征野千里」13:霙ふる中の慰霊祭

2014.09.16.19:11

霙ふる中の慰霊祭
『拝啓 当地は早秋冷の候となり候が御地は如何に候や、御前様にもその後御変りもなく勇奮転戦されていることと存じ候、御蔭様にて留守の方は私をはじめ弟妹とも皆々元気にて候間御安心下されたくただお前様が元気にて男子の本分を尽くされることを日夜祈り居り候、何卒しっかりやり下さるようただそれのみ御願申上候、 父より、勝様へ。』

これだけである。幾度読み返してみてもこれだけの長さでしかない。巻紙に筆で太々と書かれた父の戦地へ来て初の便りは、石家荘のすぐ前、花園村にはいって一週間したとき漸く私の手に入った。父の手紙と一緒に妹と弟の寄せ書きや友人からの便りなど十二通が一度に私の手に入った。妹と弟の寄せ書きには『保定占領万歳』とか『小学生が提灯行列をやって全村を廻った』とか、『兄さんも保定へ入城したのか』などと書いてあったが、もっと何か細々と云ってくるだろうと思った父からの手紙は、一尺にも足らない巻紙に五、六行の書きなぐりだ。「父の手紙ってこんなもんかなァ」と私が小林伍長にいうと、小林伍長も幾度もその手紙を読み返しながらしきりと頭をひねった。やがて
「しかし・・・」といった。「しかし、ようく読んでみると実に要領を得とるぞ、ウチは元気じゃ、そちらは元気か、しっかりやれ――と」

確かにそうだった。それだけでしかない。ウチは元気じゃ、そちらは元気か、しっかりやれ――と。私は幾度も読み返した。読み返すうちに父の体臭がプーンと匂って来たような気がした。「こちらは元気だ、そちらも元気か、しっかりやれ」――これ以外に父としていい得ることは何があるだろう。これ以上の何を父は戦場に捧げた息子にいいたいというか。ここは戦場だ。改めて読むとこの簡略で常套きわまる手紙は万感溢れるものを私に語っていた。私は洟をかもうとした、すると「出発!」の命令が出た。・・・・

霙は大陸に来てはじめてだった。この霙の中で部隊の慰霊祭が行われた。・・・初の戦闘に参加して以来ほとんど沼と泥にひたりつづけて来た体だがこの時初めて心の底から寒いと感じた。霙に打たれる旗の下で、石原上等兵が必死と『君が代』を吹いた。銃を捧げて、正面の壇に列べられた幾つかの白木の箱を見つめていると、深い溜息のようなものが心の底から出て来た。倒れて行った戦友の幾人かに、煮えくり返るような口惜しさを感じたものだったが、それは慌ただしい弾雨の中でだった。突撃のさ中に「ア、あれがやられた」と思いながら自分は先へ先へと進んで行く。そして、そこに起きた新しい事態に全心を奪われて死んだ戦友を忘れて行った。いまその戦友が小さな白木の中に入って、ふたたび私たちの前へ還って来た。・・・・


戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵谷口勝著(昭和十三年十二月新潮社発行)より
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