ラーベ日記の虚妄『南京の真実』を駁す(3)重要事項の欠落その2 12月9日「降伏勧告のビラ」投降、翌10日総攻撃までの静粛なし

2014.09.23.23:05

ラーベ日記の虚妄『南京の真実』を駁す=虐殺5~6万人、強姦2万人の根拠は何か=
田中正明
㈱K&Kプレス、月刊日本平成9年1月号掲載


2、12月9日、松井軍司令官は休戦を命じ、城内の唐生智軍に「降伏勧告のビラ」を空から全市にばら撒いて講和を呼びかけている。その間攻撃を中止して、10日正午まで待機した、そして唐生智司令官の使者を中山門で待った。

ラーベ-12月9日の日記
~~~~~
『中華門から砲声と機関銃の射撃音が聞こえ、安全区内に響いている。明かりが消され、暗闇の中を負傷者が足を引きずるようにして歩いているのが見える・・・』
~~~~~

全然「降伏勧告のビラ」も休戦のことも触れておらず、戦闘は続いていたことになっている。

Wiki.の南京攻略戦の近日の経過を見てみます。
~~~~~
12月4日
日本軍、南京市郊外まで進軍。

12月7日
日本軍、南京防衛軍の外郭防御陣を突破。午後一時に南京市へ攻撃を開始。
中国軍は防衛司令長官唐生智を残して総統蒋介石ら中国軍首脳陣が南京を脱出。
続いて中国政府要人や地方公務員等が南京を脱出した為、無政府状態となり市民は混乱状態に陥る。
これにより電話不通、電気水道が停止。中支那方面軍は「南京城攻略要領」を示達。

12月9日
南京城を包囲した日本軍(松井最高指揮官)は9日の正午、飛行機で南京城内にビラ(和平開城勧告文)を撒き、中国軍(唐生智南京防衛司令官)に対し降伏勧告を行なう。

12月10日
和平開城勧告文の回答期限の午後一時、中国軍からの反応なく、日本軍は総攻撃を開始。
夕方には、速くも光華門を確保した。
~~~~~


ラーベ日記は後で記載整理されたり、出版社に編集されたりしています。
ここでの主張は安全委員会の委員長が戦闘を左右する、生死を左右する、これ程の重大事を無視することがあるのかということです。
日記と言えども、意図的に操作された代物を中立な立場の外国人の記録としては認められないということです。
スポンサーサイト

comment

Secret

プロフィール

南知隊!

Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
南知隊ブロの中で検索したい事柄があった場合、↓の窓に語句を入力して「検索」ボタンを押すと、該当の記事が出ます。
通州事件の真実
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR