黄文雄著「日中戦争真実の歴史」抜粋(2)はじめに 日本の東亜大陸進出前の中国の惨状

2014.10.24.17:01

日本の東亜大陸進出前の中国の惨状  

大航海時代以降の地球規模の変化といえば近代化である。つまり優勢となった西洋的価値体系の拡散にともなった世界の植民地化である。それが当時の不可抗力ともいうべき一つの時代の潮流だった。それは、ユーラシア大陸の東端に位置する東亜世界に限って見れば、十九世紀に入って西風東漸だけでなく、ロシアの東進と南下、アメリカの西進、西来というかたちとなって現れた。

このような時代変化のなかで国際的力学関係も人きく変わり、日本も中国も鎖国を維持することは不可能になった。そうしたなか、東亜世界は大漬帝国を中心に、旧態依然のままだったというより、没落の一途をたどり、それまでの大朝朝貢秩序という東亜世界秩序は崩壊へと向かったのだった。

同大陸では、漬帝国とならぶもう一つの世界大国オスマン・トルコも崩壊へと向かった。それはなぜかといえば、これらの老大国が、列強の時代のなかで、列強の仲問入りを果たすべく近代国民国家造りに邁進したものの、それに失敗したからである。


ところが非西洋世界で、日本だけはそれに成功した。その理由はもちろん単一ではないが、重要なことは当時の東亜世界のなかで、日本だけが特別だったからだ。

逆にいえば日本以外の地域は、中国をはじめどこでも悲惨な社会状況にあったからである。台湾、朝鮮、満州も基本的には同様だが、とくに中国の場合は少なくとも次のような五つの惨状が挙げられる。

1 水旱が頻発し、災民、流民が溢れ、餓死者が百万人、千万人単位で発生することも珍しくなかった。
2 衛生環境が劣悪で、疫病が流行し、内戦中も病死者が戦死者を上回った。
3 匪賊が跋扈し、この武装勢力は正規車の十倍もあった。
4 内乱、内戦がえんえんと続き、太平天国の乱や回乱のように人口の五分の一や十分の一が消滅するほどの大乱もあった。
5 貪官汚吏による苛斂誅求によって民草は、毛沢東の言うところの「一窮二白」(一に貧窮、二に文化水準が低い)のどん底にあった。

以上のように、つまり日本以外の地城では、とても近代化ができるような状況ではなかったのである。



2012/08/19 : 書籍「日中戦争 真実の歴史」/南知隊
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