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「真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々」(3)一節その2

2014.11.02.04:43

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日本の戦争準備は、ルーズベルト大統領が1941年7月に、マッカラムの戦争挑発行動八項目の最後の手段をとってから明確な展開を見せた。最後の手段 H 項目とは、英帝国が押しつける通商禁止と歩調を合わせた、アメリカの同様な日本に対する全面的な貿易禁止であった。 

7月初旬から夏の終わりまでに傍受された日本の外交暗号電報により、ルーズベルトには日本の反応が明らかとなった。すぐに手応えがあり、戦闘行為が遠くないことを示唆する、次の三つの思い切った新しい措置がとられた。すなわち、(1)日本人青年50万人が徴兵された。これは1937年の盧溝橋事件以来最大規模であった。(2)日本の商船が世界中の海域から呼び返された。(3)日本の艦艇と航空隊が中国の占領地から呼び返された。  

松岡洋右外相が1941年1月に初めて提示した和解案は「最悪の政策」と酷評されているが、これが採用される可能性はまだ残っていた。松岡は、和解を日本の第一希望とし、アメリカ及び連合国との戦争は最後の手段とし、万一の場合にのみ用いる手段としたい考えを示した。しかし、外交的解決をはかることは、ルーズベルトの戦略には含まれていなかった。外交的解決をはかる代わりに、ルーズベルトは経済制裁を強化し、「最悪の政策」を促進させることになる。1941年7月、日本船舶のパナマ運河通過を禁止し、日本の在米資産を凍結し、石油製品、鉄鋼、金属類の日本への輸出を完全に禁止した。これらの諸制裁が、日本の軍事政権を激怒させることは間違いなかった。

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ルーズベルトはマッカラムの覚書の H 項目どおり、日本との貿易をいっさい禁止したのである。無線監視局HYPOの局長ジョセフ・ロシュフォートは、今回の全面的禁輸措置を最後通牒とみた。日本には戦争しか選択肢が残されていなかった。「われわれは彼らの資金も燃料も貿易も断ち、日本をどんどん締めあげている。彼らには、この苦境から抜け出すには、もう戦争しか道は残されていないのが、わかるだろう」 1941年、日本は平時の使用量として年間350万トンの石油が必要で、その内訳は海軍に200万トン、陸軍に50万トン、民間に100万トンが割り当てられた。

・・・1941年7月の時点で、日本は平和時であれば二年分に相当する700万トンの石油を保有していた。 それはアメリカが考えだした(対日戦実施の)時刻表であった。1943年、日本の石油備蓄量が底をつく時、アメリカの軍需生産は本格的に稼動しており、アメリカは攻撃作戦をとることができるという計算である。 山本提督は東南アジアにある米英蘭三国の植民地を占領する計画を立てていた。日本はこの広大な地域の膨大な天然資源を手に入れたかった。日本の占領計画では、東経100度線を北はシャム(現在のタイ)からマレー半島に沿って南下、蘭領東インドまでを支配し、そこから東方に転じ、経度180度の日付変更線付近までの中部太平洋地域を、支配下におさめようと考えていた。 この大規模な作戦を実施するため、山本は連合艦隊を八つの部隊に分けた。


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山本提督は、これらの艦隊で日本の東南アジア侵攻に対するアメリカの干渉を阻止する計画を立てていた。フィリピンが侵略された場合、アメリカは軍艦、航空隊、増援部隊を英蘭両政府に派遣して対抗してくるだろうと、山本は確信していた。山本の計画の一部にはグアム島とウェーク島の侵略占領が含まれていた。この二島は、中部太平洋にある小規模で防衛力の弱い米軍基地であった。彼はアメリカの脅威に対処するための四個艦隊を組織し、真珠湾を奇襲することでアメリカ太平洋艦隊を移動不能とするべく、前衛部隊を組織した。

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これらの艦隊を戦闘準備完了部隊に編成するため電波を使用したことで、日本は無意識のうちに彼らの意図を米英蘭に暴露した。・・・略・・・ 無線傍受電信員は、前述した八個の日本艦隊の無電を監視し、どの艦隊が最も活発か、またそれぞれがどの軍艦、陸上基地、海軍省部局と連絡をとっているかを決定した。こうした無線連絡を分析することで、アメリカの暗号解析者たちは、1941年の日本の軍事的動きを正確に予測することができた。

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米国ではすでに刊行されていた本書のハードカバーには含めるには余りに遅すぎた、四千点以上の諜報通信関連の記録文書を、2000年5月、著者は発掘することができた。これらの文書はどれ一つとして、これまでに(公開)検証されたことはなかった。これらの資料は、米国が日本による真珠湾攻撃を事前に察知していたことをさらに立証できるものであり、真珠湾論争で最大の争点となっている、次の二つの問題を解決するのに役立つものである。 評論家たちは、米国が真珠湾攻撃を予知していたことを否定して、次の二点を主張している。(1)彼らは米国の暗号解読員たちが日本海軍の暗号を破るのに失敗した。そして、(2)もし仮に暗号を破ることに成功し、翻訳できたとしても、日本海軍の提督たちが無線封止を続けて、真珠湾が攻撃   目標となっていることを無線電報の中で明かさなかったので、日本の攻撃目標を正確に把握することができなかった。 

これら二つの主張は、新たに公開された記録文書により覆すことができる。 情報の自由法(FOIA)によって、2000年5月に公開された記録文書の中に含まれている歴然とした証拠は、日本機動部隊がハワイに向っていた1941年11月中旬には、米国の暗号解読員たちが日本海軍の主要暗号を解読しており、日本海軍の最高指揮官たちが海軍の放送電波に乗せた一連の無線命令の中で、真珠湾が彼らの攻撃目標であることを明らかにしていた。60年間にわたり、米国の国民と議会の目から隠され続けていたこれらの文書は、疑いようのない真実を明らかにした。


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軍令部総長永野修身大将の命令は引き続き打電された。山本は南雲中将及び第一航空艦隊に対して1941年11月26日(日本時間)、単冠湾を出港して北太平洋を東進し、ハワイ北方で燃料補給を実施するよう命じた。そして、最後に永野が米英蘭に対する武力発動日時を1941年12月8日と指定した(日本時間、12月2日発信)。 傍受されたこれらの電報に基づき、ルーズベルト大統領とジョージ・マーシャル陸軍大将が、日本との戦争は12月第一週に始まるだろうと予言した。
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