虐殺を世界で初めて報じたティンパーリーは国民党の宣伝工作員だった! / 櫻井よしこ氏北村稔氏対談(1)

2015.01.18.11:42

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櫻井: 北村さんの『「南京事件」の探究』を拝見しましたが、これは一言で言うと、いわゆる「大虐殺」が「あった」とする論拠をことごとく洗い直して再検証されたわけですね。当然のことですが、従来とは全く違っていて目から鱗が落ちる思いでした。数々の新発見があり、「南京大虐殺の虚構」を証明する「決定版」といえると感じました。
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北村稔著「「南京事件」の探究―その実像をもとめて」 / 南京の真実を知らせ隊 2014.11.02
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-534.html

この対談の初出は平成13年(2001)『諸君』紙上のものです。

「 『南京虐殺』の虚構 」「虐殺」を世界で初めて報じた英字紙記者ティンパーリーは、国民党の宣伝工作員だった!
『諸君!』 2002年1月号 発掘!! 「新史料」が証(あ)かす
「虐殺」を世界で初めて報じた英字紙記者ティンパーリーは、国民党の宣伝工作員だった!
北村稔氏(立命館大学教授) / 櫻井よしこ(ジャーナリスト)


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ティンパーリーの正体を突止める

櫻井: 彼は、『WHAT WAR MEANS : The Japanese Terror in China』(邦訳『外国人の見た日本軍の暴行――実録・南京大虐殺』評伝社)を、南京陥落の翌年の1938年(昭和13年)の7月に刊行しています。ところが、中立的立場の欧米人ジャーナリストを装いながら、実は国民党中央宣伝部顧問でもあった。そしてその出版にあたって、国民党からの偽情報の提供や資金援助が行われていた事実を初めて北村さんがつきとめています。これは、ゾルゲがドイツ人ジャーナリストとして尾崎秀実などに食い込みながら、実はソ連のスパイであったのと同じ立場だったともいえます。ティンパーリーも表向きは英字紙のジャーナリストとして、松本重治氏(同盟通信社上海支社長)とも親交関係を培っていたわけですが、そうした政治的背景を持っている人が書いた『外国人の見た日本軍の暴行』という本が果して歴史的価値のある内容であったかどうかは、仰るとおり十分な検証が必要だと思います。

北村: 虐殺派の洞富雄氏が編纂している『日中戦争―南京大残虐事件資料集』第2巻……英文資料編(青木書店)の「資料解題」では、ティンパーリーの本については、「日本軍が南京を占領したさいに犯した残虐行為にかんする記録をいちはやくまとめて、世界の世論に訴えたものである。おそらく当時、欧米の知識人社会を震撼させた書物であった」と肯定的に記されています。しかし、彼の本の原著が、英国の左翼出版社として、すでに定評のあるゴランツ書店から出されていた「レフトブッククラブ」(左翼書籍倶楽部)のシリーズの一冊として刊行されていた事実には何故か触れていない。もちろん、彼が国民党の宣伝工作に関与したというデータも紹介されていません。しかも、その英語版が出版されるや時を同じくして中国語版も刊行されています。南京陥落後一年足らずで英国と中国とで同時刊行されたという、あまりの手回しの良さは、背後に国民党国際宣伝処と国民政府軍事委員会政治部との連携があったためです。

櫻井: そのティンパーリーにしても、まだ冷静な筆致もあったというのに、日本語訳では「超訳」というのか、意図的ともいえる誤訳があるとも指摘されていますね。

北村: 洞さんたち虐殺派の編訳した資料編に収録されているティンパーリーの本の翻訳では、「処刑」とあるのを「虐殺」と訳しています。他にも“observe”を全て「目撃」と訳していますが、これもおかしい。“observe”は本来、「観察」とでも訳すべきです。そうでないと、収録されている欧米人の証言は、すべて「自分の目で見た『目撃証言』」と誤解されかねません。
例えば、南京陥落後の現地状況を客観的に報告したとされる「南京安全区档案」は、匿名の中国人協力者の書面報告を英文に翻訳したものが相当数を占めています。それらをすべて「目撃されたもの」とするのは行き過ぎです。ティンパーリーも自ら目撃したという言葉には、“observe”ではなく“witness”を使用しています。

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それではティンバリーの正体の核心に迫ります。

対談の全容は「櫻井よしこオフィシャルブログ」本編にてご覧ください。

「 『南京虐殺』の虚構 」 / 櫻井よしこオフィシャルブログ 2001.12.02
http://yoshiko-sakurai.jp/2001/12/02/108

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北村: 蒋介石に委任されて日中戦争開始前から上海で外信の検閲に従事していた曾虚白という人物がいますが、彼の自伝『曾虚白自伝』の中にも、具体的な形でティンパーリーの名前が出てきます。「ティンパーリーは都合のよいことに、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の『抗戦委員会』に参加していた3人の重要人物のうちの1人であった」「そういうわけで彼が(南京から)上海に到着すると、我々は直ちに彼と連絡をとった。そして彼に香港から飛行機で漢口に来てもらい、直接に会って全てを相談した。我々は秘密裏に長時間の協議を行い、国際宣伝処の初期の海外宣伝網計画を決定した。我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔をだすべきではなく、我々の抗戦の真相と政策を理解する国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。ティンパーリーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、日本軍の南京大虐殺の目撃記録として2冊の本を書いてもらい、印刷して発行することを決定した」「このあとティンパーリーはそのとおりにやり……2つの書物は売れ行きのよい書物となり宣伝の目的を達した」

櫻井: 日本を徹底的に悪者に仕立てあげていくストーリーがこうしてつくられていった。驚くべき事実が上の記述から明らかになったと言えます。

北村: つまり、ティンパーリーの本だけではなくて、南京虐殺に関して第三者による重要な史料と思われていた金陵大学教授のルイス・スマイス博士の『スマイス報告(南京地区における戦争被害)』もまた、必ずしも中立的な立場からの著作ではなくて、国民党の戦時外交の宣伝戦略のために資金的援助を受けて執筆されていたということです。

櫻井: ティンパーリーが左翼的なジャーナリストであり、国民党の宣伝部顧問であった事実は、鈴木明氏の『新「南京大虐殺」のまぼろし』(飛鳥新社)などでも指摘はされていましたが、著作の背景に国民党からの具体的な金銭援助まであった事実を明らかにしたのは北村さんのスクープと言っていい。それにしても、そういう一貫した中国側の宣伝工作は驚愕すべきものです。


北村: 中国というか漢民族は政治闘争に際しての宣伝工作の才能に長けています。辛亥革命の時にも、清朝の中国侵入時に発生した住民殺害事件を誇大に宣伝し、反満州人感情を煽っています。歴史的に異民族との闘争を何度も経験し、また国内でも同様な闘争を繰り返していますから、こうした煽動工作はお手の物なんです。
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『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
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