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松村俊夫著「南京虐殺への大疑問」上

2015.02.11.03:33

「南京虐殺」への大疑問-大虐殺外国資料を徹底分析する

平成十年十二月十三日 展転社 税別千九百円

内容(「BOOK」データベースより)
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大虐殺を唱える人々が拠り所とする外国人が書いた資料を読めば読むほど、疑問は深くなる。略奪者は本当に日本兵だったのか、市民虐殺はあったのか、強姦で生まれた混血児は何人いたのか、被害者(自称)の証言はなぜころころ変わるのか等々。数々の疑問を解くべく精読して著者がたどりついた「南京の真実」。
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はじめに
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 私の父は、名古屋市の対米輸出を専門とする陶器製造会社に勤めていた。大正九年(一九二〇)に初めて渡米してから、-大東亜戦争勃発直前-まで、前後九回アメリカに出張し、ニューヨークを中心とするデパートなどと商売をしていた。 そのような父が、珍しく三年有余の日本での生活をしていた昭和十三年正月四日、初出勤から帰宅するなり、家族を前にして、「召集令状が来た」と告げた。前年七月に勃発した支那事変のために、近所や知人の家からも出征する若者が増えていたが、五十歳を少し超えていた父が言った召集令状とは、アメリカへの緊急出張命令のことだったのである。

 前年の十二月十二日、アメリカ砲艦パネー号が南京付近の揚子江で日本海軍機によって撃沈された。そのためアメリカ世論が沸騰し、日本品ボイコットが激化したとの連絡がニューヨーク店から本社に入り、その対策を立てる責任者として父の派遣が決まったのだった。 それ故に、当時小学校四年生というまだ父に甘えたい年頃の私の家庭から、またもや父が不在となる原因になったパネー号事件は、一般の人より以上に私の心の中に刻み込まれた。 『南京事件資料集』に、パナイ号(『資料集』での呼称)事件は、日本人の間ではこの問題に対する関心が希薄のままであるとあるが、私にとっては記憶から消えたことのない出来事であった。

 ところが、父の滞米はたいていの場合二、三年だったにもかかわらず、この時は約半年で帰ってきた。それは、日本品ボイコットが案外早く沈静化して、商売が平常に戻っていったことを示している。-一般的には、民間人の対日意識の悪化の度合いは継続的なものではなかったのである。

 最近の定説では、パネー号事件の直後に起こった「南京大虐殺」事件は広く世界に伝えられて、日本に対する非難のために、在外日本人はいたたまれないような気持ちにさせられたとある。この『南京事件資料集』にも、その例として、当時、アメリカにいて反戦運動をしていた石垣綾子の思い出話を伝えている。 〈一九三七年十二月に南京事件のニュースを知り、そのときの衝撃は強く、南京で蛮行を働く日本兵とおなじ汚れた日本人の血が自分にも流れているのかと、わななく自分の手を凝視した〉(十三頁)

 しかし、サンフランシスコに上陸後、シカゴを経て一月末にニューヨークに着いた父の情報源は、すべて現地の新聞やラジオだったが、父の残した会社への報告、家族への私信は、盛んな日本品ボイコット運動について、昭和十二年(一九三七)以降の原因分析と状況を知らせながらも、南京大虐殺を思わせる記述は全くなかったのである。

 この差はいったい何から出て来たのだろうか。 パネー号の誤爆・撃沈という事実に対しては、同時期に損傷を受けた英艦レディバード号事件とともに、状況のいかんを問わず日本側に非ありと認めた政府が、全面的に謝罪し、賠償金を支払うことで外交的な解決は早かった。しかし、もし南京事件が三十万人に及ぶ民間人を含む大虐殺として伝えられていたとすれば、アメリカの対日世論は簡単に収まるはずはなかった。 私はこのように考えたが故に、昭和十二年暮れから翌年にかけて、南京でどのようなことがあったとアメリカで報道されていたのかを知るための多くの資料を、一つひとつ精読していったのである。

 私は調べるにあたり、日本側の資料はできるだけ避けた。従って、はじめに参照したのは南京大虐殺はあったとする人々が証拠としている外国人が書いた資料がほとんどだったから、そのまま読んでゆけば大虐殺を肯定する結果になるはずだった。ところが、これらの資料や本の中にも、三十万人大虐殺とか、それに伴う強姦・略奪・放火など、日本軍が行ったとされている暴虐行為の真相を示す記述が多く含まれていることを知ったのである。

 これまでの論議は、資料の二つの流れ、即ち、大虐殺はあったとする人々の用いる資料と、それはなかったとする人々の資料とは、それぞれの立場から別々のものが重要視されているために、論議は噛み合うことなく、平行線のまま過ぎている。 しかし、私は大虐殺はあったと主張している人々が根拠としている資料を読みながら、数々の疑問を解くべく考察を進めていった結果、全く違う真相らしきものが見えてきたのである。いわゆる大虐殺肯定派の人々にとっても、資料的選択に誤りがあるとは指摘できにくいであろう本書に批判をいただければ幸いである。

 平成十年十月十八日  著者識

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