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< 南京事件の証人とされる外国人 >

2015.02.11.16:34

「『南京虐殺』への大疑問」の著者・故松村俊夫氏が挙げたとされる <南京事件の証人とされる外国人> 一覧をネットで拾いましたので、こちらにコピペさせていただきます。

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南京事件の証人とされる外国人 (作・松村俊夫先生)

一。昭和十二年十二月十五日、アメリカ軍艦オアフ号で南京を退去した新聞記者

(F・T・ダーディン)ニューヨーク・タイムズ。日本軍による大虐殺を報道した証人として最も有名。陥落後はアメリカの大使館で起居し、市内を廻っていた。

(A・T・ステイール)シカゴ・デイリー・ニューズ。十二月十五日にオアフ号から第一報を発信。ペイツらと同居していた。

(C・Y・マクダニェル)AP通信社、(L・C・スミス)ロイター通信社。このニ人の記事にはアメリカ人宣教師からの影響は殆ど見られない。 

 尚、他にパラマウント映画社のメンケンもいたが、映像は残っていない。

(C・M・マクドナルド)ロンドン・タイムズ。バネ-号に乗っていて遭難した。救助されて南京埠頭を通過したが、城内には入っておらず、従ってその記事はすべて伝聞。

二。南東に残留していた外国人

【ドイツ人】

(ジョン・ラ-べ)世界的兵器・電機コンツェルン、ジーメンス社の南京支社長。アメリカ権益が集中した地区にアメリカ人宣教師が設定しようとした安全区構想が出来たあと、国際委員会委員長として招かれたこ熱烈なヒトラ事崇拝者としてのナチス党員。協力者にクレTガー、スペルリングがいる。

【アメリカ人宣教師】

(マイナ-・ベイツ)金陸大学歴史学教授こ国際委員会の中心メンバーで金陵大学緊急委員会委員長を兼ね、その財政責任者でもあった。上海にいたティンパレ-に「南京情報」を流し、南京と東京の軍事法廷では自己の行動を正当化して、日本軍の暴行を糾弾するためには偽証も辞さなかった。

(チャ-ルズ・リッグス)金懐大学でペイツの片腕となり、日本軍指弾の先鋒として動いていた。

(ジョン・マギ-)本事件で最も有名な牧師。眼前に見た被害者はすべて日本兵が加害したとの思い込み強く、東京裁判でも証言した。彼が撮った十六ミリフィルムは、日本軍による大虐殺の証拠とされるが、主として鼓榎病院内のものだったからか、アメリカ国務省もマスコミも無視した。

(ジョ-ジ・フィッチ)YMCAに所属。蘇州生まれで中国語が堪能だった。安全区内に潜む便衣隊と接触していたらしい。マギーのフィルムを持って帰米し、全米を反日と宣教師の活動を宣伝する講演旅行をして廻った。

(ロバート・ウィルソン)鼓樽病院の外科医師。十二月十三日以降に担ぎ込まれたり治療を求めてきた患者が、銃創・刀傷・火傷を問わず、すべて加害者は日本兵だったと訴えたことをそのまま信じた。東京裁判で証言。

(ルイス・スマイス)金陵大学社会学教授。国際委員会の秘書として、日・米大使館などへの文書作成に従事。南京市内外の戦争被害調査を完成させたとして著名。

 以上のうち、マギーを除く五名と、マッカラム、ミルズ、ソーンを含む合計ハ名の宣教師が共同生活をしていたから、彼等
が夫々に書いた日本兵の暴行記事は殆ど重複している。マギーは同じ宗派のフォースターと共に教会に住んでいた。尚、大学病院(鼓樺病院)にトリマー医師、バウアー、ハインズ両看護婦、金陵女子文理大学院のミス・ヴオートリンが難民の世話をしていた.

三。昭和十三年・月六日に掃任したアメリカ大使館員

(エスピー副領事)一月十五日からこ十四日の間に作成された大使館通信、通称エスピー報告で有名。そこには宣教師報告の影響が随所に見える。

(アリソン三等書記官)エスピー報告はアメリカ人の記述に基づくことを附記しているアリソンも、彼等の報告に振り回され、リッグスと共に日本軍歩哨に殴打されるなどした。しかし東京裁判には出廷せず、後には駐日大使となった。

四。一月十日に帰任したドイツ大使館員

(ローゼン書記官)アメリカ人宣教師顔負けの強烈な反日的言動を続けて、ラーべも手を焼いていた。そのようなローゼン文書が、友好国ドイツさえ日本軍を非難していた証拠とされている。ユダヤ人祖母を持っていたため、一九三八年のうちに休職に追い込まれた。

(シャルフェンベルク事務官)帰任直後は日本軍をチンギス・ハ-ン軍の暴逆になぞらえていたが、やがて真相が分かったらしく、「アメリカ人宣教師に手なずけられたラーべ」と言う批判をしている。

五。上海にいた新聞記者

(H・アベンド)ニューヨーク・タイムズ。打続く日本軍の暴逆情報に、彼等は反乱状態にあるのではないかと誤解した。

(H・テインパレー)オーストラリア人でフリーランサーの記者。当時はマンチェスター・ガーディアンの記者だったが、昭和十三年一月頃から、国民政府中央宣伝部顧問になっていた。


「南京(大虐殺)事件」外国人情報の流れ

12/15午前中に安全区内を廻ったラーべの実見談がペイツによって改竄され、メモの形で新聞記者に渡って12/15以降の記事となる。

12/16以降、国際委員会と金陵大学緊急委員会から、彼等の得た伝聞情報が文書になって日本大使館に提出さる。

1/7以降、文書の提出先がアメリカ大使館に切替えらる。

2/初旬以降、以上の情報を主とする安全地帯の記録と外国人の日記・書信頼が、ベイツからティンパレーに送られ、「外国人の見た日本軍の暴逆」の資料となる。

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http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/9729/matsu1.htm
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