「「南京大虐殺」のまぼろし」真相はわからない

2015.03.15.02:21

鈴木明著「「南京大虐殺」のまぼろし」 第五章 そこで中島師団はなにをしたか : 真相はわからない

-----
僕は取材の末期、ある老人が僕に悲しげな眼を向けながら、「この間、中国にいってきた若い組合の青年から、あなたたちが南京であんな悪いことをするから、いまわれわれがお詫びをしてるんですよ、といわれましてねえ・・・・・・」と訴えたことを思い出す。この人は大正の末期二等兵として応召し、家の貧しさのゆえにそのまま軍隊に残り、ひたすらに戦い続け、二十何年かかかって少尉で終戦を迎えた。「社交一つできない」彼は、鍛えた体だけを資本に「自分の食うものを減らして子供に食わせ」今度はひたすらに「戦後の日本のために働いてきた」。 しかし彼は息子のような年の青年にそういわれたとき、何の反撥もしなかった、という。おそらくあの、悲しげな表情をチラと見せたまま、青年を見つめただけであったろう。僕は無論、この青年個人を難詰しようとは思わない。彼の態度は日本の「マスコミの姿勢」そのままであり、「殺された側」の同情者として、その論は大手を振って歩くことができる。 しかし「殺した側」の老人の過ぎ去った「三十五年間」は、どのマスコミにも認められず、頭を垂れて、ただ「時効」を待つだけの時間に費やされた。

僕は最後に、 「もう一度南京に行ってみたいですか?」 と彼にきいた。それは、僕が多くの人たちにきいたのと同じ質問だった。彼はそのときだけ、一瞬眼を輝かせ、 「そりゃ、行ってみたいですよ」 と答えた。それは僕が同じ質問をしたすべての人と、全く同じ答えであった。



僕はここ半年にわたって、とにかく僕なりの方法で「南京事件」をわが心の問題として、自分流に育ててきた。僕の集めることのできた「事件」の素材は、「事件全体」からみれば、あるいはほんの一握りほどのものであるかも知れない。しかし、僕はそれが一九七二年に、日本の一市民として生活する僕にとって重要な素材であると思えばこそ、育ててきたのである。僕の集めてきた素材をみて、人はまたそれぞれに、自分の「南京事件」を心の中で育てるかもしれない。 そしていま、もし請われて、僕がどうしても「南京事件」について記述しなければならないとしたら、僕はおそらく、次の数行だけを書いて筆を止めるだろう。

「〔南京事件〕昭和十二年十二月、日本軍が国民政府の首都南京を攻め落とした時に起きた。このとき、中国側に、軍民合わせて数万人の犠牲者が出たと推定されるが、その伝えられ方が当初からあまりに政治的であったため、真実が埋もれ、今日に至るもまだ、事件の真相は誰にも知らされていない・・・・・・」

-----

「「南京大虐殺」のまぼろし」 【目次】&カスタマーレビュー / 南知隊
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-497.html
スポンサーサイト

comment

Secret

プロフィール

南知隊!

Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
南知隊ブロの中で検索したい事柄があった場合、↓の窓に語句を入力して「検索」ボタンを押すと、該当の記事が出ます。
通州事件の真実
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR