〈高橋史朗氏「戦後の日本が失ったもの」チャンネル桜 平成17年放送〉中

2015.03.20.04:39

戦後の日本が失ったもの② / 新・へっぽこ時事放談
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-何故、我が国の戦後教育が、愛国心というものを否定的に見るようになったのか。その根本には、私が申し上げている教科書の中から愛国心に関わるものが徹底的に排除されたという事実があるわけであります。

例えば、「我が国」という言葉は、教科書から検閲で削除されました。その一つの事例を紹介したいと思います。『くにのあゆみ』というのが我が国の戦後最初の歴史教科書でありますが、執筆者は家永三郎さんであります。彼は、「我が国を立て直す」という文章を『くにのあゆみ』の中に書いているわけですが、これは、英訳されまして、「reconstruct our country」と書いてあります。これが検閲でどう書き換えられたかというと、まず”我が国(our country)”というのが愛国心に繋がるから駄目だとして、ourが消されまして、これを”民主的な国(democratic country)”に改められました。reconstructのreは、接頭語で再びという意味ですが、これでは過去に良い国があったことを認めることになるので、reが消されました。そして、「民主的な国をこれから作るんだ(reconstruct our country)」というふうに書き改められました。こういう検閲が社会科だけで段ボール箱100箱ワシントンに保存されているわけであります。これは、ほんの一例でありますけれど、このように国を愛すること自体が危険だとして、「国民的」という言葉ですとか、愛国心に関わる用語が教科書から排除されました。このことは、愛国心そのものを危険視する戦後教育の風潮に私は大きな影響を与えたと思っております。

そのことと関連しますが、昭和21年の2月4日に作られた「教科書検閲の基準」の中に、国家的な英雄というものを教科書に載せてはならない、こういう基準があるのであります。世界には様々な国がありますが、その国の教科書に国家の英雄を載せないという教科書はないはずであります。国家的英雄を教科書に載せると国に対する誇り、そして愛国心が育つということを恐れたからであります。戦後、長く経ってから、小学校の教科書の中に、軍人である東郷平八郎元帥が二十何人の登場人物の一人として登場したのでありますが、それだけでマスコミは大騒ぎしました。またしても軍国主義の復活ということでございます。国家的な英雄を教えない教科書はないわけでありますが、そういう風潮がなお根強く残っているわけであります。

さらには、道義的人物としての皇族を、教科書に書いてはならない。立派な人物として皇族がいらっしゃったということに触れてはならない、という基準があります。つまりそれは天皇に関する尊敬心というものが愛国心に繋がるということを恐れたわけでありましょう。さらに、神道とか神社に関する記述、これも教科書検閲で厳格に排除したものであります。

先ほど、占領政策の究極目的は非軍事化にあると、これはアメリカの国務省文書にそうはっきり書いているんでございますが、非軍事化というのは、つまり武装解除ということであります。ところが、そのあとに、この非軍事化という究極目的を長期的に保障するために、教育の民主化が必要だと、様々な民主化が必要だということが書いてあります。そしてそれはバーンズ国務長官の言葉によれば、”精神的武装解除”ということを意味しております。つまり、単に経済の賠償とか、政治や経済の仕組みを変えるだけではなくて、精神の武装解除を行うと、これがすなわち教育の民主化ということに他ならない、つまり民主化ということが日本の民主主義、日本的民主主義の立脚する民主化ではなくて、あくまで、占領軍にとっての戦略として登場してきた精神的武装解除としての民主化と、そういう側面があったということを、まず押さえておかなければならないわけであります。


占領軍はその精神的武装解除を行うために、「三つの国体破壊政策」というものを行いました。国体と言いますと、私たち戦後世代には国民体育大会の約としか受け止れないんでございますが、言うまでもなく国体というのは、我が国独自の国柄ということを意味しておりますが、その国体を破壊するためには、三つの重大な政策がある。占領軍は、第一は「神道指令」、第二が「天皇の(いわゆる)人間宣言」、そして三つ目が「教育勅語の廃止」、この三つを持って国体を破壊しようと、つまり精神的武装解除をやり遂げようと、こう考えたわけでございます。

私はこれを発見することがアメリカに行きました大きな目的でございましたが、発見するのに2年以上かかりました。そしてその資料を発見致しまして、神道指令を作った占領軍のCIE(民間情報教育局)のバンス宗教課長、この方はワシントンに近いバージニア州というところの小高い山に住んでおられまして、私は車で彼を訪ねて3時間ほどインタビューをさせて頂きました。

そして神道指令を研究する中で分かりましたことは、いわゆる天皇の人間宣言、これは昭和21年の1月1日に出たものでございますが、元々マッカーサーは、この宣言を前年のクリスマスの日に出したいと考えていました。つまり自分はアメリカの大統領を目指していましたので、むしろアメリカ国民にとっての大きなインパクトを持つことを期待したわけでありますが、結果的には昭和21年の1月1日に出たものでございますが、俗説の中にはこの天皇のいわゆる人間宣言は、日本側が自主的に作ったものだとこういう説もございました。しかし私が発見した神道指令の草案の中に、神道指令と天皇のいわゆる人間宣言をセットとして考えていたということを裏付ける資料を発見致しました。天皇の人間宣言は神道指令の千倍の効果を持つと。従って神道指令と人間宣言は、表裏一体の政策として、セットで占領軍は準備していたわけであります。このことは、日本の若者の天皇観にも大きな影響を与えました。そして天皇と国民の精神的繋がりが破砕されました。

三つ目が教育勅語の廃止でございますけれども、これは昭和23年6月19日に衆参両院において、教育勅語失効排除決議が行われたのであります。特に教育にとって大事なのは、教育勅語の廃止というものが持っている意味であります。

実は教育勅語の廃止というものは、どのように行われたのか、これもアメリカに行くまでは分からなかったわけであります。私は戦後生まれでありますので、もちろん学校で教育勅語について学んだことはありません。しかし、戦前の教育を受けた方は、教育勅語の教育を受けて、その教育勅語の教育を受けた方が、衆参両院において全会一致でこれを否決するという決議を行いました。戦後世代として、素朴になぜ教育勅語の教育を受けた方々が全会一致でこれを否決したのか、その謎を知りたいと思って私はインタビューを致しました。ある方は、私が何故教育勅語を全面否定したのかと尋ねましたら、「教育基本法の中に教育勅語の良い精神が含まれているんだ」とこういう方もいました。あるいは「勅語という形式が、民主主義の新しい時代にそぐわないんだ」とおっしゃった方もいらっしゃいますし、「問答無用」と私におっしゃった方もいらっしゃいました。私を左翼の学者と間違ったのかもしれませんが、私はただ素朴に戦後世代の人間として、事実を知りたかっただけでございますが、「問答無用」と怒鳴られまして眼が覚めました。もし私が生き証人の口から納得いく答がこないなら、自分で探すしかない、そう覚悟を決めました。

丁度アメリカの陸軍海軍の文書が、25年~30年経つと公開されるということが全ての全国紙の一面トップ記事に載りました。それを見まして、私はちょうど30歳の時でございましたけれども、そのアメリカで公開される陸軍海軍の文書を調べれば、一体何故教育勅語が廃止されたのか、あるいは何故神道指令が制定されたのか、様々な「戦後」という時代が生まれた背景について理解できるのではないか、そんな思いでアメリカ留学を決意したわけであります。そして、その占領文書を研究しまして、教育勅語の廃止についても、廃止決議の成立過程の資料を発見しました。

帰国しまして、一番最初にそのことについて話を聞きたいとおっしゃったのは、ソニーの井深大さん、当時は会長だったと思いますけど、ソニーの幹部の方を三十数名お集めになって、私の話を聞きたいということで参りました。私は、講演をするつもりで行ったんですけれども、私が書いた論文を役員の方全員が既にお読みになっていまして、三時間質問攻めにあいました。以来、色んな学会に出ましたけれど、これだけ鋭い質問を受けたのは、今に至るも全くないと思っております。

そしてもっと驚きましたのは、それから間もない時期に井深さんが別荘に篭られて、『あと半分の教育』という本をお書きになられたことです。これも大変な反響を呼んだのですが、”あと半分”というのはどういう意味かといいますと、実は私たち戦後世代は、戦後の憲法と言われている教育基本法について、戦後の教育では、教育勅語を全面的に否定して教育基本法は作られたというふうに教わって参りました。戦前は教育勅語体制、戦後は教育基本法体制、というふうに180度価値観が変換したんだと学んできたわけです。ところが、事実はそうではありませんでした。実は、教育基本法を作った人たちは、教育勅語を肯定しながら、教育勅語に敬意を払いながら、教育基本法を作ったということが分かったのであります。そしてそれは、例えば政府文部省の当時の公式見解を書いた帝国議会の答弁書の中にも、そういうことが明記されております。つまり、教育基本法と教育勅語の関係は、お互いに矛盾する関係ではなくて、補完並存と言いますが、教育基本法は法律で、教育勅語は道徳、この道徳と法律はセットで存在するんだと、このように考えておりました。当時の政府の公的な考え方はそのようなものでございました。

ところがこの教育勅語を、占領軍が口頭命令で廃止せよと命じたのであります。命じたのは占領軍の民生局、日本国憲法を制定した民生局、その民生局のケーディスという方が、ジャスティンウイリアムズという同じ民生局の国会課長を通じて、衆参両院で教育勅語の廃止を行うようにという口頭命令を下したのであります。神道指令は「指令」でございますが、教育勅語については指令ではなく「口頭命令」で行いました。何故そうしたかといいますと、あからさまに圧力をかけて指令を出すと、占領軍がいなくなってから、日本人がまたひっくり返すということを恐れたわけでございましょう。


このような口頭命令という戦術をとったのは、教育勅語だけではありませんで、祝祭日の廃止、紀元節等々、こういう祝祭日の廃止も口頭命令、つまり国民には見えないところで、巧妙な押し付けを行ったわけであります。従いまして私たちは、教育勅語や紀元節というものが占領軍によって強制されて廃止されたということは、長い間知らなかったわけです。占領文書が公開され、様々なインタビューを通してそういう事実が明らかになってきたわけです。
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