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GHQ焚書図書開封(24)「征野千里」15:杭州湾の敵前上陸1

2016.05.05.14:20

写真は杭州湾敵前上陸の朝の光景
seiya08.jpg

 寝転がったり唄ったりして三日ほどすると、突然、石原上等兵が階段をガタガタいわせながら飛び降りて来た。
「来てみい、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と叫ぶ。「なんだ、なんだ」とみんながドッと階段に押し寄せた。階段を押されて甲板に出て見ると、アッと私たちは目を瞠った。この海を走っているのは私たちが乗っている『○○丸』だけだと思っていた。それだのに、何時、何処でどう集って来たものか、私たちの船の前後には、実に○隻に余る大船隊が二列縦隊にズラリと列んでいる。そして沢山の軍艦がこの船隊と列んで進んでいた。『○○丸』はこの大編隊艦船軍の一単位に過ぎなかった。完全に私たちはこの大景観に圧倒されてしまった。船は、そして軍艦は、一尺の延び縮みもないようにピッタリ間隔を保って堂々と波を蹴っていた。やがて○○○艦『○○』が何処からともなくその奇怪な姿を現して来た。海軍機が一斉に飛び立って或は先導したり或は二列縦隊の交互の連絡をとったりした。

「戦争って、こんなことが出来るもんかのう」と石原上等兵が感に堪えて嘆声を発した。ただ見惚れる綺麗さだった。「堂々たる」という言葉をこのときほどはっきり知ったことはない。・・・・
 ある日私たちの教官殿である児玉少尉が、私たちを甲板に集められた。児玉少尉は大きな体の広い胸を張って、「明日、我々は再び新しい戦闘をやる。こんどの戦闘は上海戦の横ッ腹に突入するのである。敗敵の退路に向って前進する。従ってある地点までは生きても死んでもあくまで強行前進が決行されるだろう!」と怒鳴られた。期せずして私たちの中からワーッと云う万歳の声があがった。「万歳、万―歳―!」
 そのとき私たちの船の横を真白な病院船が反対に通って行った。病院船の甲板には真白い看護婦さん達が一杯立ち列んで「バンザイ!」と叫びながらしきりと手を振っていた。幾日振りかで通り過ぎる船の上に日本の女を見たのだ。私達もまた手を振って「バンザイ!」と絶叫した。私たちは新しい戦場へ行く。これを白衣の天使は「バンザイ」と叫んで送ってくれる。必死に手を振った。ちぎれるようにいつまでも手を振った――。・・・・


 背嚢を背負って救命具を付けて、一日六合宛の米五日分三升と、荒木准尉の分の三升と、都合六升を背負って、ちょっとよろめくと倒れてしまいそうになる。軍艦が盛んに岸を砲撃していた。その砲声は朝の闇をビリビリビリと裂いて遠く遠くへいつまでも木魂のように伝わって行った。午前五時三十分。私たちは海軍の小艇にギッシリ詰め込まれた。小艇はまたたく間に波を蹴った。波はキリの様な舳で二つに割られて私たちの背丈よりも高く小艇の両側にもり上った。素晴らしい速さだった。岸に叩きつける気で舟が走って行く。幾隻も幾隻も、舟は小山のような白波をあげて列んで走っている。東の空は明けかけて来た。いい気持だった。私はキャラメルをしゃぶった。荒木准尉は巧に風をよけて煙草に火をつけ、うまそうにプカプカとふかしていられた。舟の蹴る波でほとんど前方が見えなかった。突然、ダーンと音がして大きい水柱が前方に立ち上がった。水柱はつづけさまに三つ、舟の前後に立ち上がった。ピューッピューッと小銃弾が頭上に鳴り出した。・・・・

 突然舟底がガリガリときしんで砂地につき上げてしまった。舟から飛び降りると腰のところまで水に入った。波がうねって来て背に背負った糧食の重さで危く倒れそうになった。・・・・
岸へ走り進んでそこにピタリと伏せた。はじめて機関銃がダダダダダと海岸から前方の掩蓋機銃座を射った。「衛生兵ッ」と呼んでいる。「いよいよやった」と思う。バタバタと二、三人が声の方へ走って行った。「上田伍長!」という声が聞える「ア、あれが・・・」と思う。北支で幾度か経験したあの同じ思いだった。長い間伏せていた。一人が一人の戦友を担いで走って来た。私は伏せたまま上半身を振り向けた。戦友に助けられている上田伍長と目が合った。肩から半身真赤な血に包まれた上田伍長は、私と目が合うとニッと笑って首を振ってみせた。淋しそうな笑い顔だった。私もニッコリ笑い返して黙って首を振ってやった。上田伍長はそのまま戦友に抱きかかえられて海の方へ帰っていった。これで一人北支以来の戦友と別れたのだ。・・・・

弾が盛んに右側の方から飛んでくる。そちらで激しい戦闘が行われているらしい。雨はいよいよ激しく降って来た。荒木准尉は私の横であぐらをかいてプカプカと煙草を喫っていられる。あれだけ昨夜はグッスリ眠ったのに、伏せているとまたウツラウツラと眠くなった来た。
「オイオイ」と云って荒木准尉が指揮刀で私の肩を叩かれた。ハッとして目を開いた。荒木准尉がニヤリと笑われた。私も思わずニヤッと笑った。・・・・
 部落へ飛び込むと、ここには鍋や皿など食事の道具が一杯散らかっていた。雨はいよいよ激しい。ここで部隊をまとめて食事をした。小林伍長が飛んで来て、黙って私の手を握った。みんな無事だったと思うと何か目頭が熱くなってきた。・・・・
 小さな建物の中へ入った。夜中の十二時だった。ここではじめて休憩した。夕食の支度をやれという命令だ。建物は小さかったが、立派な小学校だった。壁には一杯抗日のビラが貼ってあった。夕食をたいて、すぐ翌日の朝食と昼食をたいた。するとまた再び前進の命令が出た。コクリッとも眠る暇はない。大急ぎで飯盒をしまって再び前進をはじめると、私の腕時計は午前三時を指していた。雨はあくまで降りつづいている。また泥の中だった。石原上等兵が「戦争というものはなァ、ひもじいのと眠いのを我慢するだけのものだよ」と云った。
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