石平氏著「私はなぜ「中国」を捨てたのか」を見る(1)『私は「毛主席の小戦士」だった』を改訂改題

2016.05.21.04:57

「私はなぜ「中国」を捨てたのか」(Wac bunko 200908月発売)は 『私は「毛主席の小戦士」だった』(飛鳥新社、H18)を改訂し、改題したものです。

 

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【内容情報】(「BOOK」データベースより)

「日本に来たことが私の最大の幸運」共産党による思想教育、文化大革命、天安門事件を経て祖国に幻滅し、日本に帰化した著者の“魂の変遷の記録”。「中国は共産党の“政治的道具”でしかない」と、著者が絶望した中国の内情とは?そして、著者が見惚れ安息の地を求めた日本の美しさとは?祖国を捨てた男の覚悟と哀しみに触れる。

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【目次】(「BOOK」データベースより)

第1章    私は「毛主席の小戦士」だった(私は「民主化運動世代」の一年生/ウソの教義に毒される子供たち ほか)/第2章 いかにして「反日」はつくられるのか(帰国して驚いた中国人民の「日本憎し」/「原子爆弾で日本を滅ぼせ」 ほか)/第3章 中国を覆う「愛国主義狂乱」(「反日」という怪物と、もう一つの怪物/女優の運命を変えた一枚の服 ほか)/第4章 日本で出会った論語と儒教の心(大学の教職を追われた両親/小学校では「国語の師匠」 ほか)/第5章 わが安息の地、日本(美意識の集大成「唐詩宋詞」/「高尚と優雅」が去って「腐敗と堕落」が来た ほか)

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■■ Japan On the Globe(487) 国際派日本人養成講座 ■■■■

 地球史探訪 : 中国の覚醒(上) 中国共産党の嘘との戦い

                      「毛主席の小戦士」から「民主派闘士」へ、

                      そして「反日」打破の論客へ。

■転送歓迎■ H19.03.11 34,560 Copies 2,461,531 Views

             

■1.「毛主席の小戦士」■

 

石平氏は、1980年に北京大学に入学した。そこで人生最大のショックに打ちのめされた。物心ついて以来、「人民の幸福を願う慈悲の救世主である毛主席」の小戦士として育てられてきたのに、その毛主席がどんな悪事でも平気でやり通す権力亡者だ、と非難する人が大学には大勢いたのである。

 

石少年の学んだ四川省成都市の中学校は「思想教育の重点模範校」に指定されていて、「毛沢東思想の徹底した教育によって毛主席の忠実な戦士を作ること」を基本方針としていた。学校の玄関から入ったところには、毛沢東の石像が聳え立ち、至る所に毛沢東語録を書いた看板が立てられていた。毎朝一時限目の授業では、クラスの全員が起立していて毛沢東の顔写真に敬礼した後、さらに3人の生徒を立たせて、毛沢東思想を勉強したことによる「収穫」を述べさせるのが日課であった。担任の女性教師は、教室の中で毛主席や共産党の「温情の深さ」を語る時、いつも喉を詰まらせながら泣き出してしまうのだった。そして毎週一度、生徒全員が「毛主席への決心書」を書かされるのだが、石少年は文章が上手だったので、時々模範文に指定され、クラス全員の前で朗読させられた。その一つは「敬愛なる毛主席は私たちの心の中の赤い太陽」というタイトルだった。

 

■2.やり場のない怒り■

 

ところが、北京大学のキャンパスには、敬愛する毛主席を非難する人間がたくさんいた。誤った大躍進政策で数千万の人民を餓死させ、自分の地位が危うくなると文化大革命という争乱状態を作り出して、多くの罪もない人びとを死に至らしめた独裁者だった、と彼らはいう。

 

 最初は勿論、絶対に信じたくはなかった。私は小柄であるにもかかわらず、「毛主席の悪口を言うやつ」に対しては、何度も食ってかかって、殴り合いの喧嘩をした。しかし、徐々に信じざるを得なくなった。示された根拠は、あまりにも説得力のあるものであり、被害者とその家族たちの訴えは、あまりにも切実であった。

 大学の学生寮で同じ部屋に住むC君は、お祖父さんが無実の罪で処刑されたのも、お父さんが無実の密告で自殺に追い込まれたのも、お母さんがそれで気が狂って精神病院に入っていることも、C君自身は帰る家もなく夏休みも冬休みもずっと、この学生寮で暮らしていたことも、紛れもない事実であった。[石平『私は「毛主席の小戦士」だった』,p32]

 

そう言えば、と石氏は思い出した。中学生の頃、近所に乞食のお婆さんがいた。通りかかる生徒たちにいつも笑顔で「勉強がんばってね」と声をかけてくれた。そのお婆さんが、トラックで市中を引き回された後に、処刑場で銃殺されたのである。その罪は、毛主席の顔写真が掲載されている新聞紙を使って、拾った大根を包んだ事だという。今になって思えば、これこそ毛沢東政治の狂気と残虐性を示す一例だったのだ。自分が子供の頃から完全に騙されて育ってきた、と知ったのは、19歳の青年にとっては、あまりにも過酷な体験であった。

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