追随 片岡鉄哉(2)講演「変わるアメリカ、変わらぬ日本」より

2011.05.21.13:04

国防問題研究会公開講座「変わるアメリカ、変わらぬ日本」2001年11月1日於高田馬場からの抜粋です。
http://www.asyura2.com/07/senkyo45/msg/993.html

【吉田茂のモラル・コミットメント】
朝鮮戦争が始まると、ダレスが来日し、日本との平和条約交渉に拍車が掛かりましたが、吉田には引っかかっている点が2点あった。第1点にはカイロ宣言の問題。ローズヴェルト、チャーチル、蒋介石が会談したあのカイロ会談で作成された、カイロ宣言はのちのポツダム宣言にも組み込まれています。カイロ宣言では、いわば歴史の改竄が行われた、「日本が如何に暴力的に貪慾に他国の領土を盜んだ」とされてしまったのです。台湾、朝鮮、樺太、千島、マーシャルと第1次大戦の初め以来からの領土までも、盜んだと言うことにされています。プロパガンダです。

(カイロ宣言の本文引用はじめ)
It is their purpose that Japan shall be stripped of all the islands in the Pacific which she has seized or occupied since the beginning of the first World War in 1914, and that all the territories Japan has stolen form the Chinese, such as Manchuria, Formosa, and the Pescadores, shall be restored to the Republic of China. Japan will also be expelled from all other territories which she has taken by violence and greed. The aforesaid three great powers, mindful of the enslavement of the people of Korea, are determined that in due course Korea shall become free and independent.
http://www.yale.edu/lawweb/avalon/wwii/cairo.htm
(引用終わり。挿入したカイロ宣言の原文:片岡氏配布のコピーは上記サイトを使用している)

第2点としては、ダレスの態度です。ダレスは「今我々、自由主義陣営は共産主義者とたたかっている。日本の国民を引き連れてもう一度朝鮮で戦ってくれ」と吉田に言ったわけです。確かに日本には「再軍備」をしようという人たちは居ましたが、そう言う人でさえも、もう一度朝鮮半島で「米国の手先」となろうという人はいなかったんですね。これが吉田を怒らせた二番目の理由です。こういう事への怒りをあからさまには表せませんので、(吉田はモラルコミットメントの表し方として)「憲法は良い」と言い続けた。つまり憲法を評価することが、日本が復興して、経済的に発展するための便法になったわけです。

日本の弱いところは米国とのつき合いで真実を言えないということです。あの太平洋戦争は、私は道義的には日本は正しいと思っていますが、負けるのをわかっていて避けないと言うのはやはり間違いだと考えています。実はあのとき、共和党の連中はローズベルトが何をするつもりだったのか、全て知っていました。ローズベルトはフーバーの責任を問うて、彼を引きずりおろし、バラマキ政治を始めました。しかし、ローズベルトは大恐慌からの痛手から回復することが出来ず、もはや戦争をやるしかないという所に追い込まれていくわけです。仮定の話ですが、日本は共和党を上手に使って、ローズベルトに先に手を出させるように仕向けたら、日本と米国は引き分けに終わったかも知れません。米国の覇権が滅んだときになるまでは、「米国の真実は世界の真実である」と米国は言い続けるでしょう、そうしないとあの国は持ちません。

Q 米国に原爆、東京大空襲について日本に謝罪させる事ができるのでしょうか

クリントン政権時代に、ヒラリーの票が目的で、米国はドイツから補償金を取ってユダヤ人に補償させるというということをホワイトハウスが保証することを決めました。ドイツは「絶対にこれでお終いだ。ドイツはベルリン共和国になる」と言って、応じました。こんどこれを聞き附けたある団体が「ドイツは50億ならば日本からは80億くらいは取れるのではないか」として、新聞にコラムを出した。これに対し、アマコストやら3人が反論した。その反論の論理構成はこういうことです。「この問題をいじくると、講和条約を破棄せざる得なくなる」と藪からでた蛇で、「米国の犯罪を追及されては困る」という風に考えたようです。


近代史に纏わる内容を抜粋しました。
現代史は上記ブログでお楽しみ下さい。

もうひとつの講演集より補足します。

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k4/140803.htm

1943年のカイロ宣言を終戦のとき、日本は受諾した。米国は朝鮮・台湾を戦争前はルート高平協定で、日本領土としての正当性を認めていたのだが、戦争中のカイロ宣言で違法に変化させた。日本
の正当性を認めないとした。これを戦争に負けた日本は、受け入れざるを得なかった。しかし、1950年朝鮮戦争になり、ダレスが日本の吉田首相の所に来て、日本も再軍備して米国と朝鮮戦争に参戦してくれと言ってきたが、仁川上陸作戦に必要な機雷の掃海と水先案内はしたが、戦争にはNOと吉田は答えた。

日本が朝鮮を領土としたのは、ロシアの脅威を防止するためで、その日本の役割を戦争で崩壊させたのであるから、米国がその役割をするのは当たり前でしょうと吉田は考えた。このNOが、戦後50年のイデオロギーになったのです。戦争に参加しない。派兵しない。しかし、吉田は岸には、憲法の改正をしろと言っている。ここで言えるのは、戦後直ぐの指導者たちにはカイロ宣言に対する反発があったのです。

宮沢さんの1980年の座談会で、日本は自主外交ができない。日本外交はだた頭を叩かれたら、引っ込めるしかない。モラリティの外交はできないと明言している。日本は何もできない。日本が
戦争するのは平和への罪となるのであると考えている。日本の原罪が影響している。これを変更しないと、日本は変われない。

しかし、米国知識人たちも、日本人が道義的な責任を太平洋戦争に感じていないことを知っている。このため、いつか日本人が米国に復讐するという心配していた。この裏返しとして、日本は何もでき
ない。日本は占領されているという感覚に日本の指導者がなってしまったのは頷ける。


講演は平成13年(2001)。
片岡氏はこの5年前にある使命をおびて来日しました。
あたかも著書「変わるアメリカ、変わらぬ日本」を体感するかの如く。

片岡鉄哉氏はスタンフォード大学のフーバー研究所・元上級研究員という事であるが、1996年の中共による台湾海峡危機の時に(当時はスタンフォード大教授)、米国政治学の第一人者としてアメリカ政府の特命を受けて来日した。目的は、日本の核武装の決断を迫り、首相経験者六人を説得するためだった。 一部、名前をあげるならば、中曽根康弘・海部俊樹などであったという。

日本は憲法と核拡散防止条約にも抵触せず核武装可能である!/草莽崛起★日本の学校で教えられる近代史は嘘です★2008/03/07
http://soumoukukki.at.webry.info/200803/article_2.html
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