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☆櫻井よしこオフィシャルサイト☆(03)「 南京事件に関する新事実 まさに歴史を見直すべき時 」

2014.11.02.07:10

南京事件に関する新事実 まさに歴史を見直すべき時 」『週刊ダイヤモンド』 2001年12月1日号
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歴史を振り返るとき、常に私たち日本人の心の傷としてとらえざるをえないのが南京事件である。戦後教育を受けた私は、長いあいだ、日本人は南京で虐殺行為をしたのだと思っていた。報道の分野で仕事をするようになって初めて南京大虐殺説に疑問を抱くようになった。かといって特に南京事件の調査をしてきたわけではないが、外交問題の取材などに関連し幅広く書籍や資料を読むようになった。その結果、中国側のいう30万人虐殺はありえないことなどは、比較的すぐに納得できた。問題はそこから先である。南京での虐殺はなかったとする書籍や資料を読んでも、私にはなかなか、それは認められなかった。30万人よりはずっと小規模ながら、一般市民の虐殺はあったのではないかとの見方をぬぐい去ることができないできた。

そんな私の目を大きく開かせる書籍が出た。『「南京事件」の探究』(文春新書)である。著者の北村稔氏は立命館大学教授で団塊の世代、中国近・現代史の専門家だ。北村氏はできうる限り、イデオロギーを排除して客観的事実を掘り起こすことで南京事件を見詰めようとした。南京虐殺が存在したと確定されたのが東京と南京で行なわれた戦争裁判の判決書によってであることから、北村氏は二つの判決書がどのような資料と証言によって作成されたかを調べ、それらを逐一、調査する手法をとった。その結果、驚くべきことが分かったのだ。


南京事件を最初に世界に知らしめたのは、オーストラリア国籍の記者、ティンパーリーの書いた“What War Means : the Japanese Terror in China”という書籍である。南京事 件の翌年の1938年に早くも出版された。ちなみに彼は英国のマンチェスター・ガーディアンの中国特派員だった。一流紙の特派員で、中国とも日本とも関係のない第三国の人物による書籍との触れ込みで、彼の書籍には信頼が寄せられ、残虐行為の有力な証拠ともなった。南京大虐殺の日本断罪は、この書物から始まったともいえるのだ。

北村氏が発掘した事実は、ティンパーリーの隠された素顔に関するものだ。じつは彼は公平なジャーナリストなどではなく、蒋介石の国民党の対外宣伝工作に従事していたというのである。上の事実は『新「南京大虐殺」のまぼろし』(飛鳥新社)を書いた鈴木明氏も指摘しているが、北村氏はさらに調査を進めてさらなる新資料にたどりついた。そのうちの一つは国民党中央宣伝処の曾虚白処長の自伝だ。

自伝のなかで曾は次のように書いている。「ティンパーリーは都合のよいことに、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の『抗戦委員会』に参加していた三人の重要人物のうちの一人であった。(中略)我々は秘密裡に長時間の協議を行い、国際宣伝処の初期の海外宣伝網計画を決定した。我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔を出すべきではなく、国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。ティンパーリーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、日本軍の大虐殺の目撃記録として2冊の本を書いてもらい、発行することを決定した」


こうして極めてタイムリーに日本断罪の書が出版されていった。公平な第三者の著作のはずが、じつは国民党宣伝部の資金を受けていた人物によって書かれたものだったのだ。それが元になって南京大虐殺説が生まれてきた。となれば、南京大虐殺は存在しなかったのだ。詳しくはこの書を読み、そのうえで、何が歴史の真実に近いのかを一人ひとりが考えてみてほしい。事実は目前に見えている。まさに歴史を見直すべき時なのだ。
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http://yoshiko-sakurai.jp/2001/11/26/107

櫻井よしこブログより(02)「存在しなかった『南京大虐殺』を材料に いまだ日本非難を続ける中国の戦略」(後編)(『週刊ダイヤモンド』2006年12月23日号) / 南知隊
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-143.html

〈【直言極言】命がけの正念場が始まる日本[桜H26/2/28]〉

2014.03.02.15:45



公開日: 2014/02/28
今回は、日下公人氏に御教示された「いつもとは別の視点」を心がけながら、戦後レジー ム脱却の困難さについて確認していきます。

※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千 人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、 全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。
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〈「南京大虐殺」を教科書に載せるな 藤岡信勝〉5

2013.10.06.22:09

【WiLL掲載論文】(2012/07WiLL6月号)「南京大虐殺」を教科書に載せるな 拓殖大学客員教授  藤岡信勝

●検定意見に従う苦渋の決断

  次に自由社が文科省から呼ばれたのは、二月十五日である。この日は、日程の都合で私を初め執筆者が参加できなかったので、自由社の編集者のみが文科省に出向いた。録音を聴くと、教科書調査官の発言が次のように記録されている。

 教科書調査官 前回削除されると言った南京事件ですが、もともとの原文で、この事件はあったという風にお書きになっているわけですよね。196番ですね。「(多数の死傷者が)出たことが」、・・・出たんですよね。注6ですね。「南京占領の際に、中国の軍民に多数の死傷者が出たことが、のちに」、ここで切っちゃって。事実ですね。この程度だったらいかがでしょうか。(検定の趣旨は)削除しろというのでなく、こないだ申し上げたように、十分、誤解のないように、あったことが十分わかるようにしてくれ、ですから。(犠牲者の)規模云々ということを言っているわけではありません。

 編集者 犠牲者の数を問題にしているわけではない・・・。 
 
 教科書調査官 ・・・じゃないですから。ちょっとご検討いただければと思います。

  この記録を読むと、教科書調査官は注6の読み方の作戦を変えてきたようだ。前回は、「なかった」と読めるから変更しろ、と要求していたのに、今回は、「もともとの原文で、この事件はあったという風にお書きになっているわけですよね」と述べている。

  だが、もともとの原文は、南京事件が宣伝であったことを述べたもので、前回は教科書調査官もそのように読んでいたのである。その前段の、「南京占領の際に、中国の軍民に多数の死傷者が出た」というのは、それ自体は事実であるが、大部分は戦闘による死傷者である。決して民間人の組織的大量殺害や中国兵捕虜の不法殺害などからなる南京事件の存在を認めたものではない。

ただし、「南京占領の際に、中国の軍民に多数の死傷者が出た」という記述は、多義的であるとも言える。そのあとにどういう記述が続くかによって、その解釈が左右され得るからである。そこで、教科書調査官は、前半の文節を後半から切り離し、後半の文節を削除することにして、注を復活させるよう求めて来たのである。

 つまり、【日本軍による南京占領の際に、中国の軍民に多数の死傷者が出たことが、のちに「南京事件」として宣伝されるもとになった】の傍線部を削除して、注6を復活させよ、という要求である。

  編集者からの報告を受けた執筆者は、これにどう対処するか協議した。あくまで注記の復活を拒否した場合、この項目だけが最後まで残るだろうが、検定終了期日の限界まで引きずった上でさらに拒否した場合は、検定不合格の決定を覚悟しなければならない。そうすれば文科省側も大きな責任を問われることになるが、他方で不合格決定を取り消させるのは極めて困難である。

theme : 出来事
genre : 学校・教育

〈「南京大虐殺」を教科書に載せるな 藤岡信勝〉4

2013.10.06.22:02

【WiLL掲載論文】(2012/07WiLL6月号)「南京大虐殺」を教科書に載せるな 拓殖大学客員教授  藤岡信勝

●答に窮する教科書調査官

   二月九日、文科省の一室で、自由社が提出した修正表をもとに、教科書調査官とのやりとりが行われた。通し番号順に検討していくので、時期的に半年早い「通州事件」の注が先に検討の対象となった。私が「通州事件の注は、いろいろ考えて削除することにしました」と発言すると、教科書調査官は何のクレームもつけず、むしろ満足そうな顔をしている。

次いで、「南京事件」の番になり、ここでも「注6の記述の全体を削除することにします」と説明すると、教科書調査官はひどく困惑した顔をするのである。そして、あくまで南京事件の注は残すようにと言うのである。

  ここで、南京事件の研究の現状についての評価の議論になった。

  私が、「南京事件についての学界の通説は、この十数年で研究が著しく進展した結果、大きく変わった」と言うと、教科書調査官は「そういうことはない」と否定する。水掛論になる。執筆者(私)は次のように反論した。

 「ついさきほど、通州事件を削除することについて、何も異論が出されませんでした。無数の史実から何を選んで教科書に書くかは執筆者の裁量にゆだねられるはずでしたね。そこで、私たち(自由社の教科書の執筆者)は、通州事件について、この際削除することにしたのですが、これについては何もおっしゃらなかった。ところが、南京事件の方は削除してはいけないと言う。通州事件の削除は認めるのに、南京事件の削除は認めないというのは、矛盾しているのではないですか」

  この私の発言に対して、教科書調査官は全く答に窮してしまった。そして、「われわれ(教科書調査官)は、検定審議会の取次役だから」と言い出した。最終判断は検定審議会がするのだから、この件はそちらにゲタを預けると言わんばかりである。

  言葉に窮して教科書調査官がもらした言葉は、タテマエ上は間違いではないが、実際は言い逃れに過ぎない。教科書検定の実務の主導権と実権を握っているのが教科書調査官であることは、関係者からみれば自明の常識だからである。
  
  いずれにせよ、二月九日の面接は、自由社側の執筆者が突っぱねる形で終わった。

theme : 教育
genre : 学校・教育

〈「南京大虐殺」を教科書に載せるな 藤岡信勝〉3

2013.10.06.21:55

【WiLL掲載論文】(2012/07WiLL6月号)「南京大虐殺」を教科書に載せるな 拓殖大学客員教授  藤岡信勝

●執筆者側の作戦変更

  文科省の検定のこのようなゴリ押しをかわすにはどうするか。ここで、私たちは一計を案じた。南京事件の記述を一切やめてしまうことにしたのである。この方針の背景について説明しておく。

  南京事件について、あれこれ書き直しを命じられるのは、注のかたちではあれ、「南京事件」を教科書に書いたからである。一旦書いてしまうと、とことんまで難癖をつけられる。だが、「南京事件」は歴史教科書にどうしても書かなければならない必須事項ではない。

  例えば、学習指導要領には、「摂関政治」や「鎌倉幕府」などの言葉がはっきりと書かれているから、これらを書かない教科書は失格である。

  しかし、「南京事件」という言葉は、学習指導要領のどこにも書かれていない。

  昭和戦前期についていえば、学習指導要領は、「昭和初期から第二次世界大戦の終結までの我が国の政治・外交の動き、中国などアジア諸国との関係」と抽象的に書いてあるだけである。

  その時期の無限とも言っていいほど多数の歴史事象の中から、どのような史実を選んで書くかは、教科書の執筆者の自由にゆだねられているのである。

  私は、「新しい歴史教科書をつくる会」が最初に出した平成十三年検定合格の扶桑社版『新しい歴史教科書』(初版)の執筆と検定に関与して以来、今回で四種類の歴史教科書に関係してきた。近現代の時期を専門とする教科書調査官は、今回に至るまで一貫して同じ人物である。そして、最初の検定に関わったとき、「もし南京事件を取り上げないというなら、それでも構わない。取り上げるかどうかは著者の自由だが、いったん書いた以上は検定意見に従わなければならない」という趣旨のことを言われた。

  実際、一九六○年代から七○年代にかけての歴史教科書には、南京事件などどこにも書かれていなかった。驚くなかれ、あの教科書訴訟で悪名高い家永三郎の高校の日本史教科書ですら、南京事件は全く書かれていないのだ。だから、南京事件を書かないと近現代史は成り立たないなどということは全くない。

  では、中学校歴史教科書に南京事件はいつから登場したかというと、昭和五○年(一九七五年)使用開始の教育出版の歴史教科書に、「四万二千の中国の住民を殺害するという事件がおこった」という記事が載ったのが最初である。その後、四社、五社と増え、昭和五十七年(一九八二年)に「近隣諸国条項」ができてからは全社に拡大した(小山常実『歴史教科書の歴史』草思社)。

  この変化の背景には、一九七○年代の前半に生まれた三つの要因がある。第一は、日中国交樹立の中で「日中友好ムード」が演出されたこと、第二は、本多勝一の「中国の旅」が朝日新聞に連載され始めたこと、第三に、家永教科書訴訟で東京地裁の杉本判決が出たことである(「教科書問題の論点・第三回 虚妄の『南京大虐殺』」新しい歴史教科書をつくる会会報『史』平成二十四年三月号)。 さらに言えば、中国の歴史教科書に南京事件が登場するのも、一九七九年以降のことである。日本よりも遅いことに注目していただきたい。「南京事件」、「南京大虐殺」は、中国共産党と朝日新聞の合作により、一九七○年代以降に捏造された歴史なのである。

  というわけで、南京事件はあったという前提で教科書を書け、という検定意見に対処するため、検定意見を受けて提出する修正表では「注6」の南京事件の記述自体を削除することにした。ついでに、「注4」の「通州事件」も削除することにした。南京事件の削除を文科省が認めるとすれば、通州事件もバランス上、削除を求められるだろうことが見え透いていたからである。

theme : 生きる力
genre : 学校・教育

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Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

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