「アメリカの鏡・日本」(3)誰のための戦略地域か

2017.06.20.20:37

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 蒋介石のオーストラリア人顧問、W・H・ドナルドがルソンの日本軍捕虜収容所から解放されたあとのインタビューで語ったところによれば、日本は1938年から1941年の間に「十二の和平案」を行っている。
 日本側の条件は中国側に「有利」なものだった、という。つまり、日本の要求は、満州国の独立の承認、華北の経済と開発に関する何らかの権利、「外蒙古から及ぶロシアの影響力の伸長を阻止するための内蒙古の政治的調整」だけだった。ドナルドは「日本はこれらの提案の中で、領土的要求はいっさいしていない」と語っている。

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 どちらが戦争を始めたかはともかく、私たちの戦争目的は、日本のアメリカ征服を阻止することではなく、日本を征服することだった
 戦前、戦中を通じて、日本が帝国の一部として、あるいは委任統治領として支配する地域に攻め入り、アメリカ本土からはるか遠くに広がるアジアの島と領土を占領することがアメリカの目的だった。そしてついには日本の本土を占領することが私たちの目的だったのだが、ふくれあがった軍国主義日本の虚像がこの事実から私たちの注意をそらしてしまった。

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 日本の戦争機関は一度も「アメリカの安全を脅かした」ことはなかったのだ。日本が実際にやったことと言えば、私たちの海岸線から3700キロも離れた軍港にいる艦船を爆撃したことである。彼らが私たちの大陸に最も近づいたのは、3000キロ離れたアリューシャン列島の島の二つを占領した時である。それも攻撃の先鋒としてではなく、アメリカの攻撃を遅らせるための自衛手段だった。
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 スチムソンは、日本が降伏しない場合は11月1日に本土上陸することを決定していたと述べている。そしてこの作戦では「米軍だけで百万の死傷者」を覚悟していたというが、これは恐ろしい決定である。これだけの命が懸かっているのに、私たちは降伏するつもりの(同年3月以降のこと)日本のスポークスマンを受け入れて、降伏の用意があるかないかを確かめようともしなかった。私たちは勝手に、日本は降伏しないと決め付けていた。米戦略爆撃調査の報告を読むと、もし私たちがポツダム会議で日本の意向を聴取していたら、ポツダム宣言も、原子爆弾も、本土上陸作戦も必要なく、降伏を準備できたように思われる
 日本政府の頑迷派に圧力をかけるためなら、女子供の命を蒸発させることも「優れて適切な」手段であるというスチムソン元陸軍長官の言明が、戦争の熱いさなかだけでなく、日本の降伏から一年半も経ったというのに、いまだに記事になり、広く容認されている。この事実は、私たちの選んだ社会理念が、私たちが思っていたほどには明確でなかったことを物語っている。
 私たちは他国民の罪だけを告発し、自分たちが民主主義の名の下に犯した罪は自動的に免責されると思っているのだろうか

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 疑問はもう一つある。それは対日戦争の最終段階にかかわる疑問である。
 私たちは最後の最後になぜあれほど焦ったのか。日本が少なくとも三ヶ月間にわたって、降伏への道を模索してきたことを知りながら、なぜ決断までに11日しか待ってやれなかったのか
 この疑問に対する答えは、アメリカと日本の関係ではなく、アメリカとソ連のやりとりにある1945年2月7日のヤルタ会談における「最高秘密」合意で、ソ連は中国領内の一定領土及び財産を確保することを条件に、対日戦への参戦を約束した。ソ連としては、彼らが参戦して「合法的」に戦利品を要求できるまでは、日本に降伏して欲しくなかったのだろう
 一方私たちは、もし日本が即時無条件で降伏してしまったら、ソ連は参戦しようがすまいが、日本に侵入してくると見ていたから、日本がソ連に和平条約を提示することを望んでいなかった。そして、日本が無条件降伏をしない場合は、満州と朝鮮に駐留する関東軍をソ連に抑えさせようとし、同時に、ソ連が来る前に日本本土を占領しようとしていたのだ。
 もし、この分析が正しく、これ以外に事実を説明できる分析がなければ、わたしたちは日本の一般市民十数万を大量虐殺してでも、早急に結論を出そうとしていたということができる。もしこれに失敗したら、数十万の米兵を犠牲にしてでも、計画通り日本上陸作戦を敢行しようとしていた。私たちが日本人に対してつかった原子爆弾は、日本に対して使ったのではない。なぜなら、日本はすでに完全に敗北していたからだ。
 原爆はソ連との政治戦争に使用されたといえる占領は私たち自身の政治・経済目的を達成するための装置だこの目的に日本人が関係してくるのは、たまたま日本人が戦略的に重要な島に住んでいるからにすぎないのだ

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「アメリカの鏡・日本」(2)パールハーバー

2017.06.20.20:25

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 日本の地理的条件、市場と原材料の対外依存性を考えるなら、日本の不安の方がアメリカより大きいと思う。私たちの指導者が自分たちの警告を本当に信じているのなら、日本の指導者もまた自分たちの警告を本当に信じているだろう。私たちはその可能性を認めなければならない。日本の指導者が自分たちの行動はあくまで「防衛的」なものだと信じている可能性を認める必要がある。私たちの「生命線」が国境から何千キロも離れたライン川とダカールとパールハーバーなら、日本人が現実にすぐ近くにあるアムール川、揚子江を自分たちの生命線と考えて当然である。
 日本がこういう状況に立ち至ったのは、生来侵略的な指導部のせいでも、とりわけ従順な国民のせいでもない。危機感をあおり戦争を安易に信じ込ませる内外情勢に原因がある、ということが見えてくるにつれ、問題の焦点が移り始めた。日米双方で悪を演じているのは「危機的事態」なるものなのだ。

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 私たち自身の国家的危機から考えてみても、日本国民が自分たちの指導者をコントロールできないのは当然である。そして指導者は、パニックに目を塞がれているか、危険でダイナミックな力が作り出す推進気流を制御することが出来ないでいる。それは、乗客が力で落下する飛行機を制御できないのと同じだ。
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 パールハーバー直前までの出来事に関しては、グルー大使が日本に滞在した十年間にルーズベルト大統領と交わした書簡、さまざまな立場の政府関係者と半官半民の人々の意見、政治評論家の記述など、膨大な量の公式記録によって明確になっている。たとえば、議会調査委員会の公聴会記録によれば、ルーズベルト政権は1941年11月3日の段階で、「我々があそこ(極東)で日本を叩けば、国民は支持してくれる」という確信がもてるまでに、戦争の緊張は高まっているという結論に達していた。
 大統領、ハル長官、ノックス海軍長官、スチィムソン陸軍長官、マーシャル将軍、スターク提督の会議記録もある。この会議で論議されたのは「我々がさしたる損害を受けない範囲で、彼ら(日本)に第一撃を仕掛けさせる作戦」であった。

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 アメリカ側のさまざまな公式声明から考えるならば、「卑劣な攻撃」「屈辱の日」は違う言葉で考え直す必要があるようだ。これは「世界征服」を企む野蛮人による「一方的」で裏切りの攻撃だったのか。あるいは、圧倒的に強い国との力のゲームに引きずり込まれたと思っている国が、経済封鎖に対して挑んだ攻撃だったのか。この違いはきわめて大きい。
 どうやらパールハーバーは戦争の原因ではなく、アメリカと日本がすでに始めていた戦争の一行動にすぎないようだ。したがって「なぜ日本は我々を攻撃したか」を考えるなら、「なぜ我々は、すでに日本との戦争を始めていたか」について考えなければならない。そうでなければ、パールハーバーという難問を解くことはできないのだ。

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 1932年からパールハーバーまでの十年間、駐日大使だったグルー氏から米戦略爆撃調査団のメンバーにいたる公的立場のアメリカ人はすべて、日本の指導部は終始「国家の存亡にかかわる利益」のために戦っていると考えていた、と証言するのだ。グルー大使は、1932年9月3日、東京で自分の日記に次のように書いている。
 「日本は・・・(満州における)全行動を国の存亡にかかわる至上命令、あるいは自衛手段の一つ、と考えている。彼らはこの考えに立って、戦争も辞さない覚悟を固めている」
 日本の戦争指導部から事情を聴取した米戦略爆撃調査団が1946年7月、大統領に提出した報告は次のように言う。
 「日本の指導部が国家の存亡にかかわる利益のために戦っていると固く信じて、戦争を始めたことは明らかである。これに対して、アメリカは単に自分たちの経済的優位と主義主張を押し付けようとしているのであって、国家の存亡にかかわる安全保障のために戦ったのではない、と彼等は信じていた」

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 1941年5月28日、ルーズベルト大統領は次のように言っている。
「・・・『攻撃』という言葉を使うときは、現実的でなければならない。・・・・『敵が我々の海岸に上陸するまでは、自衛のための戦争はしない』というのは愚かな考えである。われわれがアメリカ諸国の独立と国家の存在を尊重するなら、そのために戦うだけの決意が必要である。それは、本土の海岸を守るのと同様、重要なことである」
 同年9月11日には「・・・われわれが自衛上死活の重要性をもつと考える水域に、枢軸国の潜水艦ないし爆撃機が存在すれば、そのこと自体が攻撃である」と言っている。
 アメリカの「存亡にかかわる利益が脅かされた」と判断したら、大統領は世界のどこであれ、その国あるいは国々を攻撃する権利をもつというのだ。日本にとってはその点が肝心なのだ。
 米大統領は、アメリカの存亡にかかわる利益とその侵犯者を決める権利を持っているというが、自国の国益を定義し、それを誰が脅かしているかを決める権利がアメリカにあるなら、日本にも同じ権利があるはずだ。もしないなら、なぜないのか。しかもアメリカは「敵が自国の海岸に上陸してくるまで」待つつもりはないといっている。それなら、日本が「国家の存立」を守るために、どこで、いつ、誰と戦うかを決める権利も許されると、日本が考えてもおかしくないだろう。

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「アメリカの鏡・日本」(1)著者・ヘレン・ミアーズ女史と書籍の紹介

2017.06.20.20:06

Wiki. より
ヘレン・ミアーズは、1920年代から日米両国が開戦する直前まで東洋史・地政学を研究し、二度にわたって中国本土と日本を訪れ調査しました。
連合国軍占領下の日本ではGHQの諮問機関「労働政策11人委員会」のメンバーとして、戦後の労働基本法の策定に関わりました。
帰国後の1948年(昭和23年)にアメリカ本国でこの著書を出版しました。


アメリカの鏡・日本 完全版 (角川ソフィア文庫)
著者 ヘレン・ミアーズ (著),伊藤 延司 (訳)

目次
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完全版刊行にあたって

第一章 爆撃機から見たアメリカの政策(1 フラッシュバック/2 島伝いの旅/3 ヒッカム基地/4 パールハーバー/5 ジョンストン島/6 戦争犯罪とは何か/7 クワジャリン環礁/8 罪なき傍観者/9 グアム/10 誰のための戦略地域か/11 戦略的占領/12 アメリカの墜落)

第二章 懲罰と拘束(1 なぜ日本を占領するか/2 攻撃と反攻)

第三章 世界的脅威の正体(1 つくられた脅威/2 日本はいつ敗れたか/3 サムライ神話/4 銃もバターも/5 降伏受諾/6 リーダーの資格/7 日本は戦略地域か/8 飢餓民主主義)

第四章 伝統的侵略性(1 神道からの解放/2 誰のための改革か/3 「歴史的拡張主義者」/4 「伝統的軍国主義者」/5 日本とアメリカ――その生い立ち/6 武士階級/7 「間違い」の歴史/8 思想からの解放)

第五章 改革と教育(1 リーダーシップ/2 歴史の証言/3 初めの占領/4 中途半端な力は引き合わない/5 理論と実践/6 教育者の資格)

第六章 最初の教科「合法的に行動すること」(1 歴史の復活/2 韓国の奴隷化/3 全体主義/4 改革か戦略か/5 国際教育なるもの)

第七章 鷲鳥のソース(1 満州事変/2 中国の歴史/3 攻撃と反攻/4 アメリカの役割/5 リットン報告/6 日本は合法的に行動している/7 確立された満州の秩序)

第八章 第五の自由(1 イデオロギーか貿易か/2 誰のための門戸開放か/3 誰のための自由経済か/4 誰の不公正競争か/5 飢える自由)

第九章 誰のための共栄圏か(1 戦略の失敗/2 倫理の失敗/3 日華事変からパールハーバーへ/4 英語圏/5 誰のための共栄圏か)

第十章 教育者たちの資質(1 有罪か、無罪か/2 力は引き合う/3 韓国の解放/4 逆向きのリーダーシップ/5 脅威とは何か/6 パワーポリティクスは逆噴射する)

付録 1 大西洋憲章/2 パールハーバー(国務省総括/パールハーバー報告)

訳者あとがき

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APAホテルが南京事件を堂々と拒否(1)告発米国女性の傍に支那人男性あり

2017.06.19.04:00

2017.2.5【今週の注目記事】 「南京大虐殺」否定書籍のアパホテルを一斉攻撃…常軌を逸した中国、植え付けられた「反日」の異常
http://www.sankei.com/west/news/170205/wst1702050009-n1.html

発端は米国人女性らの投稿動画

騒動の発端は、ある米国人女性らが中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」に投稿した動画だった。「みんなが知るべき事実」とタイトルが付けられた約10分間の動画では、米国人女性が「東京で泊まったアパホテルの部屋で見つけた本にショックを受けた」と英語で語り始める。「ホテルには中国人も多く泊まっているのに、大勢の人はこの本に何が書かれているのか知らない。この情報を知った上でこのホテルに泊まるかどうかを検討してほしい」。動画は中国語の字幕付きだった。

《この本のタイトルは 「本当の日本の歴史 理論近現代史学II」著者はアパグループの元谷外志雄代表 で、英訳も付いている。‐同書では「 (日本軍の)攻略時の南京の人口が20万人などという記録から考えても(中国の主張する虐殺は)あり得ない 」などと否定している》

-女性は書籍が全アパホテルの全客室に置かれており、南京大虐殺などの歴史について多くの人が反対し、不快に思う-などと説明。書籍の記述も読み上げて「ホテルに泊まった客の金は、著者の政治的見解を支えることになるだろう」と指摘し、「彼(著者)のホテルなのだから本を置く権利はあるとしても、中韓の旅客からお金をとることは不誠実だと思う」「みんなにはこの情報を知ってほしい。前もって知っていたら、私はこのホテルを選ばなかった」などと語った。最後には、「この動画をシェアしてより多くの人にこの情報を伝えて」とのモノローグも

1月15日に投稿された動画は25日までの10日間で、少なくとも1億2千万回以上再生された。転載は約75万件、コメント数は約4万件に上っており、相当な数の中国人が視聴したことがうかがえる。動画投稿サイト「ユーチューブ」には英語で、「日本の右翼・国粋主義者のホテル」とのタイトルが付けられている。

サイゾー > トンデモ海外ニュース> アパホテルが中国のSNSで大炎上!
http://www.cyzo.com/2017/01/post_31123_entry.html
きっかけは、中国での大炎上騒動だ。15日の夕方、中国版Twitter「微博」に、中国人男性と米国人女性の大学生カップルが動画を投稿。いわく、アパホテルに泊まったら南京大虐殺や慰安婦を否定する内容の書籍が室内に置いてあり、かつその著者がアパグループの代表だったというのである。動画では、 『誇れる祖国 日本復活への提言Ⅳ 本当の日本の歴史「理論近現代史学II」』 の英語版の一部が朗読され、その内容が紹介されている。


ホテルに志向に合わない本が置いてあっても読まなければいい、アダルト番組がついていてもチャンネルを合わせなければいい、そのようなホテルが意に添わなければ次回から利用しなければいい、それだけの話です。
Youtyube全盛の時代ですので、告発をネットで行うこともあろうかと思いますが、内観の撮影を公けとする場合は確か許可がいるはずです。
かつてはホテルに泊まると洩れなく聖書が置いてあったり、今でも特定の宗教の経典などがある場合もあって、それなりの特徴があったりするものです。

告発動画の出演者は米国人とのことですが、協力者は支那人とのことで、世界に発信する反日バッシングの図式が南京事件の場合と同じというのが、いかにも情報戦の今を物語っています。
昭和12年(1937)日本軍の南京攻略の最中、南京安全区国際委員会を結成した外国の識者たちが、現状を知りながらも、国外のジャーナリストと結託して大虐殺を喧伝したように。


APAホテル  南京事件 応援映像 2

東中野修道氏を迎えて「たかじんのそこまで言って委員会」2005/3/7

2017.04.07.17:45



東中野修道先生、南京大虐殺の証拠写真を検証する。 - YouTube

東中野修三氏「あるものは説明ができる。ないもの説明難しい(できない)」たかじんのそこまで言って委員会」より/南知隊 2012.12.31.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-292.html
宮崎哲弥氏「南京事件をアウシュビッツと同列に置こうとしてる。それは違うっていうのは然るべき」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2012.12.31.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-293.html
三宅久之「松井石根大将が2回に亘って内外に記者会見してるが、その会見の時に30万人殺したなんていう責任追及は一言も出てない。」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2012.12.31.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-294.html
東中野修道氏「南京(事件当時)の欧米人が目撃した殺人事件ってのは1件もございません。」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2012.12.31.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-295.html
東中野修道氏「ひとつの戦争プロパガンダとしてこれが始まったという解釈」「国民党宣伝部が一生懸命やってました。そのひとつが-写真」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2012.12.31.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-296.html
南京事件捏造写真その1 たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2012.12.31.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-298.html
南京事件捏造写真その2 たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2013.01.03.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-299.html
南京事件捏造写真その3 たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2013.01.03.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-300.html
デーブ・スペクター氏「大虐殺であれば、それ当然写真ある。それがないわけですから」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2013.01.03.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-301.html
金美齢氏「中国人と(日本人)の人間の生命に対する考え方は絶対違う。日本人のメンタリティーから言って、虐殺をするという習慣も伝説もねメンタリティもない」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2013.01.03.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-302.html
三宅久之氏「百人斬りなんてゆう話、、毎日新聞の-その頃の事を知ってる人に聞いた。あれは戦争講談だって言ってましたよ。」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2013.01.03.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-303.html
桂ざこば氏「(東中野)先生の写真見て、それが今まで(大虐殺の)証拠であって、それで証拠でないとわかって、僕はごっつい嬉しい。-(虐殺は)なかった、先生の本で、オレは変える!」たかじんのそこまで言って委員会より/南知隊 2013.01.03.
http://mayuryou1025.blog76.fc2.com/blog-entry-304.html
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Author:南知隊!
~南京の真実を知らせ隊~
略称『南知隊』
『南京大虐殺』と言う歴史歪曲による不当な冤罪を多くの人達にしってもらおう!
そんな想いを持った人々の集合ブログです。

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